――ゼルリア城 客室
「しかし、援助っていっても、何をしてくれるのかな」
客室に通されたはいいが、かといってやることもないティナは、同室のアベルにそう話しかけた。
こちらも暇を持て余して半分寝ていたアベルは、はっとしたようにぱちぱちと瞬く。
「あ、ごめん。起こしちゃったね」
「いえいえ。気にしないで下さい」
謝るティナに、アベルはぱたぱたと手を振る。
そんな様子は、普通の少女となんら変わるところは無かった。
「援助…は、まあ表立って何かしてくれるってことはないでしょうね」
「そうなんだ」
「ええ。お金を動かすと、誰かに感づかれてしまいますし、物資や特権――例えば、品物が安く買えますだとか――も論外です。あえて言うなら、人材を貸してくれる…くらいでしょうが」
「ふーん」
ティナは曖昧に頷いた。
海底都市での、アルフェリアが言った、意味深な一言がなんとなく蘇る。
――まあ、説得しだいだよ、と。
(あれ…協力してくれるって受け取っていいのよねー)
確信はないが、そういうことなのだろうという予感はあった。
今のところは、その漠然とした期待を信じるしかないが。
「そうだ、ティナさん」
ふと、アベルに話しかけられて、彼女は視線を上げた。
こちらを見た少女は、複雑そうな表情で言葉を選んでいるようだった。
やがて、おずおずと切り出された言葉には、普段の元気がない。
「あの…私、足手まといですかね。やっぱり」
「え…と」
突然の問いかけに、ティナは言葉を止めた。
足手まといか、そうじゃないかといわれれば、断然前者だったが、即答できない雰囲気が、アベルにはある。
彼女なりに、真剣に言葉を選んだ。
「まあ…、戦力にはならないけどさ。あんたが必要な場面って意外とあるんじゃない?」
「たとえば?」
「たとえば…。ゼルリアに入国するときとか、カイオス一人じゃえらい大変だったらしいじゃない」
ぱっと思いついたことを言葉にすると、アベルは逆にため息をついた。
え、あたし何か悪いこといった…? と、動揺する彼女に向かって、少女は投げやりに返す。
「あれは…むしろ、演技ですよ」
「へ?」
「彼、身分は剥奪された…ってことになっていますけれど、実際お父様はカイオスの紋章を取り上げていませんもん」
「紋章って」
「千年竜の紋章です。ある種究極の身分証明ですね。三大臣とその直接の配下、それから王族にしか与えられないものですから」
「え…じゃあ」
どうして、カイオスはわざわざ検問であんな行動をとったのか。
紋章を示せば、それこそ一瞬でうまく収まっていただろうに。
瞬くティナの胸中は、アベルに痛いほど伝わっていたのだろう。
王女は、苦笑のような笑みを浮かべて、先回りして言う。
「それは、彼が意外と律儀だからですよ。あと、私に対する気遣いです。門番顔パスの私の存在を、気にしてくれているんですよ。あれでも」
「そうなの…」
ティナは、頷くしかない。
年下の少女の思いが何となく分かって、彼女はしばらく言葉を止めた。
邪魔にしかならない自分が、どことなくもどかしいのだろう。
ティナは、しばらく言葉を選んで、結局あいまいな返事を返した。
「まあ、いいんじゃない?」
「はあ…」
「何てか…最初から、本当に必要なかったら、カイオスだって、同行を断るって」
「そう…ですかね」
下手な慰めよりは、アベルを傷つけないかな。
そう思ってのティナの言葉に対して、アベルはなおも何か言いたそうな様子だったが、
「失礼します」
ティナの聞き覚えのある声が、扉の向こうから聞こえてきて、二人ははっと顔を上げた。
かちゃり、とドアを開けて入ってきたのは、やはり彼女の見覚えのある女性だった。
アレントゥムで会った――
確か、名前は…
「えっと、ベアトリクス…」
「お久しぶりですね。その節は、どうも」
カールした亜麻色の髪をふんわりと揺らして、彼女はティナに向かって微笑みかけた。
背後から、クルスとカイオスの姿も見える。
ぱちぱちと目を瞬かせる少女たちに、異国の将軍は、優美な仕種で首を傾げた。
「急で申し訳ないのですが、出立の準備ができましたので、お迎えに上がりました」
「出立って…」
アベルと顔をあわせて、ティナは聞き返す。
意味深に笑んだゼルリアの女将軍は、言葉なく外を指し示した。
■
――デライザーグ港 海賊船
案内されるままに城を出て、息も凍る寒さの中をティナたちは、歩いていく。
眠りについた街を抜け、波の音がやさしく響く波止場の方へ――
「…あ」
そこに佇む陰影を見た瞬間、ティナは思わず声を上げていた。
「よっ」
「おー、来た来た」
そこに居たのは、黒髪のゼルリア将軍と、海賊の船長。
「オレの船で旅してもらおーと思って。迷惑かな?」
にっと笑んだロイドの隣で、アルフェリアが言葉を添える。
「表立って、動けないからさ。オレらが個人的に手伝うことにしたんだ。ま、戦力としては、申し分ないだろ?」
傍には、サラや小さなおじさん、そして先ほど謁見した、ゼルリア国王ダルウィンの姿もあった。
若い王は、異国人の容姿をしたミルガウスの左大臣に穏やかに切り出す。
「これがわが国の『援助』ですが、受け取っていただけますかな?」
「…」
カイオスは、すっと礼を取る。
「身に余る光栄です」
それから余り間を置かず、デライザーグの港を、一隻の船が滑り出していった。
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