Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第一章 船上の語り手 
* * *
――現在 海賊船



「あたしがクルスと始めて会ったのは、何の変哲も無い森の中だったのよね。魔物に教われてたところを、助けてもらったって言うか…」
 仲間たち総勢五人が、狭い船室に集って、彼女の話に耳を傾ける中で、ティナは言葉を紡いでいく。
「そう、ティナが食べられそうだったから、オレはがんばって、ティナを助けたんだよ! けど、ティナは最初あんまり元気じゃなかったんだ…。そこはかとなく、冷たかった…」
「あったりまえでしょ! 魔物に襲われて、いきなり魔法間近で見て、元気なほうがおかしいわよっ」
「けどけどー、あんまり笑わなかったしさー」
「出会い頭に、無意味ににたにた笑ってるほうが、怖いと思わない?」
「少なくとも、オレはあの時笑ってた!」
「あんたと一緒にしないでくれる?」
「うっ…!! ひどいよう、ティナ〜」
 無意味に掛け合いを始めた二人を見かねたのか、アベルが、それで、と割って入った。
「お二人が仲がいいのは分かりましたから」
「「別に仲がいいわけじゃないもん!!」」
「とても、仲がいいみたいで、私羨ましいですっ」
 見事に声を唱和させた二人は、はっとしたように固まってしまう。
 さすがに相棒同士、呼吸がぴったりだ。
 にこにこ笑ったアベルの後ろから、アルフェリアがのんびりと促してきた。
「で? クルスがティナを助けて、それからどーなったんだよ?」
「それから…とりあえず、近くの町に行くことにしたのよ」
 ティナは一つ息をついた。
 微妙に頭痛がするのは、風邪のせいだけではない。
 ここからが、ちょっとつらいのだ。


――二年前 森の中



「とりあえず、近くの町に行こうよ! おねーさんもちょっと休んだほうがいいと思うし!」
 彼女を襲った『魔物』が絶命している場を、一刻も早く離れたくて歩き出したティナに、少年は明るくまとわりつくようについてきた。
 出会い頭だというのに、少年は無意味にこにこと笑いながら、彼女のことを何かと気遣ってくれる。
「…」
 妙に懐かれるのも、後々別れるときにつらいだろう、と彼女は漠然と考えた。
 考えた結果は、すぐに態度で現れ、結局純真そうな瞳には応えることなく、ティナは黙々と歩き続ける。
 反応がいなのをいぶかしんだのか、少年は心配そうにこちらを振り向いてきた。
「おねーさん…だいじょうぶ? 気分が悪いの?」
「………」
「魔物に襲われたのは、びっくりしたと思うけど、けどさ、よくあることだし。ホントは死んでたかも知れないんだからさ。せっかく助かったんだから、もっと明るく…」
「構わないで」
 必死に言葉を紡ぐ少年に、彼女はぴしゃりと突きつけた。
 はっとしたように、少年の動きが止まる。
「おねーさん…」
「どーせ、すぐに別れてそれきりなんだから。妙な馴れ合いなんて、つらいだけよ」
 足を止めたクルスに、彼女は無情に言い放った。
 少し、言い方がきつかったかな…そう思いながらも、足を止めずに先を進もうとした彼女に、少年は真剣な様子で語りかけた。
「おねーさん、そっち、道が違うよ」
「………」


――現在 海賊船船内



「うわ…」
 ティナの話を聞く全員が、微妙な声を上げた。
 部屋中から彼女に注がれる、とても微妙な視線に、ティナは何よ、と唇を尖らせる。
「ティナさん、それは」
 ずばり、アベルが言った。
「どっちかってーと、クルスさんにとって、つらい思い出ですね」
「うっ…、ま、まあ最初はあんまり仲良くなかったけどさ」
「てか、一方的に、ティナさんがつんつんしてただけじゃないですかー」
「うっ…」
 アベルに言われて、一瞬押し黙ったものの、
「けど、本題はここからなのよ!」
 ティナは勢いよく身体を乗り出した。
「………」
 ほんとですかー? と言いたげなアベルと他の仲間たちに、ティナは続きを語っていく。


――二年前 小さな町



「着いたよ! ちょっと待っててね! オレちょっとおねーさんのことこの町の教会に話して来るから!」
「あ…」
 突き放されて気まずい表情をつかの間、町についた少年は、そう言って彼女を置いて、ぱたぱたと走り去ってしまった。
「………」
 といったって…。
 ここで、突っ立っていろとでも言うことなのか。
 何となくため息をついた彼女は、しかしふと何かが壊れる大きな音に気付いて、はっと顔をそちらへ向けた。
 直後、近くの店の扉が開き、昼間だというのに酔っ払った大男が、酒瓶片手に吐き出される。
「おうおうおうおう!! 大したことしてくれんじゃねーか!! 落とし前はきっちりつけてもらうからなあ!!」
「??」
 明らかに人相が尋常でない男は、辺りにびんびんと殺気を振りまきながら、店の中を見つめている。
 ざわざわと往来が騒ぎ出す。
 そんな人々に向けて、
「おう、見せモンじゃねーぞ」
 と凶悪に脅し上げた矢先、こつこつとヒールの地面を叩く音が、なぜかはっきりと彼女の耳に響いてきた。
 思わず、男そっちのけで彼女はそちらを見遣る。
 ほっそりとしたしなやかな肢体が、殺風景な店の中から現れた。
 空気が変わった。
 そんな印象を持つほどに、彼女は美しかった。
 青い髪を扇情的に払い、女は艶やかな唇を上げ、碧の瞳を細める。
「あら、そちらこそ、随分な言いようではないですこと?」
「てめ、ざけんじゃねえ!!」
「声を荒げることしかできませんの? 無粋な方」
「なんだと!?」
 一方は、熊をも凌ぐような巨漢、その一方は、目の覚めるような美女。
 全く対照的な対峙の最中、当事者である女の目線がちらりと彼女を掠めると、確かに、笑った。
 彼女には、そう感じられた。

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