――二年前 小さな町
「な…」
(何が起こっているの…?)
出会い頭の女に、手を引かれて町の中を駆けながら、だが、彼女の頭の中をそればかりが巡っていた。
目覚めたのは、深い森の闇の中。
魔物という異形に襲われ、クルスという少年に助けられた。
彼に連れられて町に着いたのが、今朝も大分過ぎてから。
少年は彼女を置いて消えてしまった。
その直後、食堂での喧騒、そして、思わず腰を抜かしたティナを、喧騒でもっぱら男たちを相手どっていた蒼い髪の女に連れられて、こうしてわけも分からず走っている。
昨日から一睡もしていない彼女の身体は、限界だった。
「っ…」
足が崩れ、視界がかすむ。
女に引っ張られた手ががくんと前に引かれ、女の声が降ってくる。
「ちょっと、止まらないでくださいな! このままあいつらに捕まれば、いいようにされますわよ!!」
「そ…」
そんなことを言われても…。
息が上がり、視界がふらふらと定まらない。
引かれるままに走って、いつ果てるかもしれないと思った時間を過ごした後、女はやっと止まった。
周りを見回すと、人気のない、町の外れのようだった。
「はあ…ここまで来たら、多分大丈夫ですわ」
「あ、あの…」
「あなた、あんなところに居て、あの男たちに目をつけられたら、いいようにされてしまっていましたわよ!」
「………」
「ああいうのは、見ない振りをして、逃げるに限るって…そういうことも、ご存知ないのですの?」
呆れたように紡ぐ女は、どきりとするほど美しかった。
(やだ…同じ、女の子なのに)
思っているうちに、女はさて、と立ち上がった。
「そろそろわたしくは行きますわね。」
ぱちんと片目を瞑ってみせて、女はさらりと身を翻した。
「あ、ありがと…」
「ふふっ。今度から、いろいろと気をつけなきゃダメですわよ!」
女があの男たちから、自分を遠ざけてくれたのは確かだったので、あたふたと礼を述べると、にっこりと笑って、彼女は去っていった。
それを見送って、彼女はふうっと息をつく。
とてつもなく、身体がだるく、このまま立ったまま眠ってしまいたいほどだった。
「あ…疲れた…」
背後の木にもたれかかって、ずるずると座り込んだ。
目を閉じれば、そのまま本当に眠り込んでしまいそうだ。
その時。
「!?」
突然口を塞がれ、身体がふわりと持ち上がった。
同時に、ごつい男の荒々しい息を耳に感じ、本能的な嫌悪感が体中を締め上げる。
「む…うぅ!!」
上げた悲鳴は、口を覆われた手に遮られ、くぐもってしまう。
暴れようとした手足は、押さえつけられる。
「おとなしくしてろ!!」
耳元で大声で恫喝され、彼女はびくりと身体をこわばらせた。
「まったく…あの女の仲間か…? 手間、かけさせやがって…!!」
助けて、と強く念じる思いは、むなしく解けて、彼女はふっと気を失ってしまっていた。
「ティナ〜? あれえ?」
教会から戻ってきて、クルスは首を傾げた。
待っていて、といった少女は、その場所にいなかった。
その代わり、通りすがりの町の人が、ああ、さっきここで一騒動があって、二人の娘さんが逃げて行ったよ、と教えてくれた。
「うう…」
クルスは首を傾げる。
「うう…おれ、まさか、嫌いになられて、置いていかれたのかな…」
立ち尽くすクルスの傍らには、誰もいなかった。
■
――現在 海賊船
「うう…置いていかれるなんて…!! クルスさんが、かわいそうです!」
「え、チョット待って、今の聞いてもそれなの!?」
さらっと呟いたアベルに、ティナが思わず突っ込む。
「誘拐されたのよ! しかも、徹夜でふらふらだったのよ! 絶対、つらいって!」
「いやですねえ、冗談ですよお」
「………」
「怖いですよねえ、盗賊は。で? そのまま連れて行かれたんですか?」
小首を傾げたアベルに、しばらく何ともいえない視線を注いだ後で、ティナは一つため息をついた。
「うん…私としたことが、迂闊だったわ」
「ちなみに、ティナ、今だったらあんたどうする?」
アルフェリアに、ひょいっと差し出すように聞かれて、ティナはうん?とそちらを見た。
「つまり、今、そういうバカに連れて行かれそうになったら、てこと?」
「そうそう」
「そうねえ。まあ、場合によるけど、まずは男の急所を蹴り飛ばすわね」
しれっと答えたティナに、アルフェリアはにやりと笑い返した。
アベルがぱちぱちと手を叩く。
「ティナさん…、とってもたくましくなったんですね!」
「まあねー」
ふふっと笑ったティナは、クルスとちらりと目を合わせると話の続きに入っていった。
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