「!?」
一瞬身構えた仲間たちの中で、いち早く動いたのは黒髪の将軍――アルフェリアだった。
軽い――一切の無駄を省いた、ほれぼれするような動きで、森の障害物の中を駆け抜けていく。
少し遅れてティナとクルス。
大分後ろにアベル、そして最後尾を副船長がもたもたと追いかけていった。
「なんだ…?」
アルフェリアは目を細める。
影を落とす枝葉の間から、徐々に風景が形をなしていく。
不審の光を宿す黒瞳が捉えたのは、地に投げ出された女の姿。
そして、――
(人間――盗賊、か?)
だが、この場合は何か勝手が違うようだ。
下卑た笑いを浮かべたひげ面の男は、おびえたように――だが、毅然とそちらを見上げる娘と気安げに会話をしている。
どちらかといえば、羊を目の前にした狼のような優越感と残虐性の方が勝っていたが、それは単に盗賊が行きずりの娘を襲うといった類のものではなく、求めていた獲物を見つけた時の調子に似ていた。
(知り合い…なのか)
だが、アルフェリアの心に一瞬生じた疑念は、一転、野獣のような男が剣を振り上げたことで途端に吹き飛ぶ。
「まずいな」
舌打ちしたのは、一瞬、彼の手がひゅっと空を裂いたかと思えば、瞬きの次の瞬間には男は腕を振り上げた姿勢のまま、硬直していた。
その野太い腕に、深々と突き立つ短剣。
「なんだ!?」
「!?」
男と娘、二対の視線が同時にアルフェリアを捕らえる。
何か叫びかけた男の口が動くよりも、
「は!」
肉薄したゼルリアの将軍の剣が、男の腕を弾き飛ばす方が遥かに早かった。
赤い糸が空中に軌跡を長く描いた後、天を衝くような絶叫が空気を激震させる。
「わめくなよ、うるせーな」
眉をひそめて情のかけらもなく呟いたアルフェリアは、ため息混じりに彼に近づくと、首に手刀を叩き込む。
天を仰いで失神した男が地面に倒れた後、血をぬぐって娘の方を振り返った彼は、思わず目を見開いていた。
「………あんたは」
■
ティナたちが現場に駆けつけたときには、早々と決着がついていた。
(やっぱ、強いなあ…)
戦闘の一部始終を見ていたティナは素直にそう思う。
さすがにほれぼれとするような戦いだった。
それも、彼にとってはほんの遊び程度の実力しかだしていないのだろうが。
「なに、盗賊に襲われてたの?」
吹き飛ばされた手から血を流し、泡を吹いて気絶した男をちらりと見て、彼女はアルフェリアに確認する。
「ああ、いや…」
彼は、だが珍しく煮え切らない態度で、頭を掻いていた。
「?」
首を傾げた彼女がクルスと顔を見合わせているうち、よたよたと駆けてきたアベルと副船長がこちらに到着する。
「ティナさんたち、早すぎです〜」
「いや、まあ緊急事態だったしね」
「それで、襲われていた方は無事なんですか?」
「うん、ええと…――」
アベルに促されて、ティナは改めて襲われていた少女の方に向き直った。
血の気の引いた顔でこちらを見上げた少女は、ティナと同じ年の頃だろうか。
汗ばんだ顔には乱れた黒髪がまとわりつき、随分と憔悴した風だったが、毅然とした意思をやどした瞳は、強い光を放っていた。
「えと…だいじょう…――」
ティナが、言いかけるよりも、
「あ、あなたは!」
「まさか、あなたは…」
アベルと少女、二人が言いかける方が早かった。
「何? 知り合いなの?」
アベルに向かって確認すると、彼女はとても神妙な顔で頷いた。
「そう…確か、どこかで会った気もします」
「…それって、どうなの」
半眼で返したティナの傍らで、代わりにアルフェリアが応えた。
「ルーラ国の第四王女、テスタロッサ姫」
「姫!?」
「姫なんだ!」
思わず声を上げるティナとクルス。
「姫…姫ね。姫っぽい姫は、始めてみたわ」
「うん、確かに、言われてみれば姫っぽい感じだね!」
「ティナさん、クルスさん、それはまるで私が姫っぽい姫ではないようにも聞こえますよ」
「気のせいよ、きっと」
「うん、気のせいだよ!」
「…」
はあ、と小さくため息をついて、アベルはちょっとむくれてみせた。
それから件の姫の方を見つめて、何か記憶を辿るように黙り込む。
「そう…確か、あなたとは面識あるんですよ。どこでしたっけ…ええと…」
眉をひそめてぶつぶつと呟いていた彼女は、やがてぱっと顔を上げるとああ、と声を上げた。
「そうです! 思い出しましたっ。あなたとは、十年前に一回あっています。フェイおにいさまのお葬式の時です!」
「え…」
ティナはふっと呟く。
アベルはだが、興奮したように先を続けた。
「思い出しましたよ。テスタロッサ・リンダ・シェイウェル・ルーラ姫。フェイお兄さんの、婚約者だった人です!」
アベルの言葉に、ティナは目を見開き、クルスはにゅっと首を傾げる。
アルフェリアはやれやれと首を竦め、姫は微かに首を傾けた。
その中の誰一人として、その時、一人輪を離れてことの成り行きを見守っていたローブの青年が、少しばかり後じさったのには、幸か不幸か、全く気付くことはなかった。
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