Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第二章 交錯の影
* * *
――ルーラ国首都 レイシャーゼへの林道



「それでね、そのときフェイさまったら…」
 木々の香る林道を抜けながら、テスタロッサ姫は鈴のように笑う。
 うきうきとした言葉。
 弾む吐息。
 この十日ほど、彼女は今は『亡き』フィアンセについてとても熱く語りまくった。
 ティナたちにしてみれば、よくもまあこれだけ話が尽きないな、という感じではあるが、それだけテスタロッサの、フェイ王子への想いは強いのだろう。
(フェイ王子も、罪なヤツよねー。こんないい子残して…)
 ルーラ国の第四王女は、とても明朗で素直な娘だ。
 アベルやアルフェリアたちならともかく、ティナやクルス、そして始終黙している副船長にも、分け隔てない。
 ティナ自身、彼女に接していて、いい子だな、と思う。
 ただ、まだまだ続く『フェイ様』話にはさすがにちょっと飽きてしまって、ティナはふっと『フェイ王子』自身について記憶を辿ってみた。
 ミルガウスのフェイ王子。
 年はアベルと三つ違いだということだから、生きていればティナと同じくらいの年頃か。
 ドゥレヴァの養子、異民族の出身で、盲目。
 それでいて、直系のアベルや彼女の姉姫のソフィアを差し置いて、シルヴェアの第二王子だったという。
 いや、そもそもミルガウスの前王朝のシルヴェアは、信じられないくらい女性に対して厳しい国だったらしいから、それ自体は特に疑問をいだくところではないのか。
 ただ、『異民族』の出身で『王位継承者』として認められていた、というのは、すごいことなんじゃないかな、とティナは思った。
 異民族――青銀の髪に、碧の瞳を持つ者たち。
 彼らは、さかのぼること千年くらい前の、第一次天地大戦中、今は消失した東大陸から天使の力を借りて、この第一大陸に流入してきた。
 その代わり、異民族は戦争の責任を問われて天界を追放された天使たちと融合して、『混血児』として、その後天使たちに対する『人間』の憎しみを一身に受ける存在となってしまう。
 別に、すべての『異民族』が『混血児』というわけではないが、やっぱり異民族と聞くとどこか身構えてしまう…そんな人種ではあった。
(けど…よく考えたら、確かデュオンの第一女王は『異民族』だったのよね…)
 妾将軍の一件のとき、百年前に大版図を築いたソエラ朝の王デュオンの妻のことを、カイオス・レリュードに聞いたとき、確かそんなことをいっていた。
 デュオンの正妃はカレン・クリストファ、そして第一女王が異民族の王の娘…
「シェイリィ…」
 ティナはその名を口ずさんでみた。
 シェイリィ。
 そう、確かにそんな名前だった。
 確かに、異民族自身は王家の血筋に組み込まれている。
 だが、実際『異民族』の血族が王や王位継承者になったためしはない。
 カイオスの言葉などを考えてみれば、やはり異民族を抱きこむために、形だけ婚姻をした、というのが本当にところなのか。
(だったら…その、フェイ王子がそんなにすごいヤツだったのかな)
 わざわざ『養子』としてもらわれてくるくらいに。
 だが、詳しいところはティナには良く分からない。
 こんなときに、カイオスがいればな、と思って、ティナはふっと彼の方に考えの方向を変えた。
 ミルガウスの左大臣。
 今は単独でミルガウスの南方守護府に馬を走らせているはずだ。
 見た目は完全に『アクアヴェイル人』でありながら、ミルガウスやシルヴェア、さらにはその前のソエラ朝の知識も深い。
 これで三属性継承者、さらには剣の腕も段違いなのだから、もうどうしようもない男だ。
(あれで性格がよければねえ)
 ため息をつきたい心地で、ティナはふっと考えた。
 あの淡々とした性格は、彼の『出自』の複雑さから来ているのだろうか。
 本名出自、全てが『なぞ』に包まれた金髪青眼の男――。
 アルフェリアも、クルスも、――そしておそらくアベルも知らない。
 彼は、闇の大意思『七君主』が、世界を滅ぼすための手足として作り出した、『分身』のうちの一人だった。
(…)
「…」
 ティナは自然と唇を引き結んでいた。
 周りの音が、遠くなる。
 『カイオス・レリュード』の強さ。
 それは、やはり『七君主』とのつながりから出てきているのだろうか。
 今は、七君主とは完全につながりは切れている。
 それに、七君主自身、確かこういっていた。
 ――彼はかつて七君主を裏切った。
 七君主のもとから逃げ出した。
 あまたの同胞を殺した、『裏切り者』。
(裏切り者…)
 そういえば、彼はなぜ七君主の元を逃げ出したのだろう。
 一度は完全に離反したということだろうか。
 だが…
(ミルガウスの石版を盗み出したヤツだしなあ…)
 結局はティナたちの味方をしてくれたし、今も砕け散った石版への的確な情報を常に知らせてくれている。
 だが、彼自身の内情が、いまいち良く分からない。
 ある程度は信頼できる。
 だが、カイオスの『特殊な』境遇に思いを馳せたとき、時折ティナの中に、一片の疑惑がどうしても浮かんでしまうことがあるのだ。
 それは、ふとした時に過ぎる不安に似ている。
 彼は――本当の本当に、信じていい人間なのか。
「…」
 ティナの疑念を消す方法は簡単だ。
 カイオス自身に質せばいい。
 だが、彼に率直に疑問をぶつけて、素直に答えが返ってくるのか。
 『名前』も『出自』も分からない男。
 そういえばティナ自身、カイオスに自分の名前を呼ばれたことすらない。
 これは、戦力としては認められていても、むしろ『仲間』として意識されていないのかも知れなかった。
「…」
勝手に決め付けるのもナンだが、彼のそういう態度を見るに、
(どう考えても…)
 無理よねえ、と半ば自分に呆れながら、ふと、ティナは周りの足が止まっていることに気付く。
「っと」
 慌てて止まって、仲間たちを見回した。
 クルス、アルフェリア、アベル、そしてテスタロッサ姫。
 全員が全員、目を見開いて前方の一点を凝視している。
「?」
 首をかしげながら、ティナはその目線を辿った。
 やがて視界に見覚えのある人影が映る。
 金の髪、青い瞳。
(あれ?)
 彼女は首を傾げた。
 なぜ、『彼』がここに居るんだろう。
「………」
 呑まれたような沈黙が広がる中、カイオス・レリュードの顔をした男は、涼やかな声音で告げた。
「見つけた」


「み、ミルガウスの左大臣…?」
 テスタロッサ姫がびっくりとしたように呟く。
 思わず踏み出した彼女を、すっと腕を差し出してアルフェリアが止めた。
「? アルフェリア将軍…」
「あんた…今、空間から突然現れたな。いつから奇術なんて使うようになったんだ?」
 黒髪の将軍が放つ、静かな、しかし一片の隙のない声を、カイオス・レリュードの顔をした男はさらりと無視した。
 代わりに、ティナに目を向けた。
 憎悪と優越。
 入り混じった青い瞳に見つめられて、ティナは妙な居心地の悪さを感じる。
 そして、直感に近い確信をした。
 彼は、『カイオス・レリュード』ではない。
 以前一度だけ、会ったことがある。
 彼は――
「あんた…アレントゥムの廃墟にいたヤツね」
「やっと見つけた、女…。あいつは、どこだ」
 涼やかな声は、普段決して聞くことのないような、苛立ちを滲ませた声音をぶつけてきた。
 視線が殺気を帯びて、射すくめられそうになる。
 七君主マモンが作り出した、『ダグラス・セントア・ブルグレア』の分身たち…。
 その戦闘能力は、カイオスまでとはいかなくとも、かなり強い。しかも、他の『分身』たちと違い、この男は自分の意思を持ち、さらに空間を渡る術を使う。
 いま、ちょうど彼が『虚空から』現れたように。
「…」
 カイオスと同じ顔をしている手前、アルフェリアたちの前で下手なことを喋られても困る。
 だが、ここでこの『ダグラス』があっさりと退いてくれるわけはないだろう。
 驚きと戸惑いの視線を送る仲間たちに先回りして説明するように、彼女はあえて軽く肩を竦めてみせた。
「こいつね、カイオスの知り合いみたいモンで…ちょっとごたごたしてるのよ」
「そ、そうなのですか…?」
 テスタロッサが恐る恐る応える。
 クルスはじっとティナを見つめていた。
アルフェリアは視線を男に移し、アベルは目を見開いて黙り込んでいる。
 副船長は相変わらず無反応だが。
 ティナの言葉を受けて、男は顔をゆがめる。
「ふん…知り合いか。あんなものと同列に扱われるとはな」
「なによ、結局あんた、彼にやられてたじゃない」
「黙れ!!」
 忌々しげにはき捨てた男の表情がそれと分かるほどに激した。
 声を呑むテスタロッサの横で、アベルは珍しいものを見たときのように、あらあらと口に手を当てている。
「オレ知りたいのは、あいつの居場所だ。さっさと吐くんだな、女」
「お断りよ!」
 きっぱりと即答した瞬間、
「!!」
 風が、突進して来た。
 否、男の端正な顔が殺気に満ちて、彼女の眼前に迫っていた。

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