Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第二章 交錯の影
* * *
「っ!!」
(速い!)
 アレントゥムの廃墟でヤりあったとき、いや、それ以上か。
 呼吸すらも感じられる距離。
 間合いを一瞬で詰められて、ティナの反応が遅れる。
(間に合えっ)
「炎よ、わが手に…」
 呪文を略した属性魔法を放つのと、男がなぜか一旦身を引くのは同時だった。
「ちっ」
「?」
 眉をひそめるティナの、開けた視界に、剣を抜いたアルフェリアが映る。
「あ…ありがと…」
「礼はいい。いきなり斬りかかってくるなんざ、大分キれたヤツだな。ほんとにあの冷静な男の知り合いかよ」
 顔は一緒なのにな、とこきりと首を鳴らして、彼は不敵に男を見る。
「ま、あいつと一緒で剣はそこそこみたいだけどな」
「ちっ…この!!」
 がき、と剣が噛みあい、ぎりぎりと鋼の音が耳を撫ぜる。
「気をつけて、そいつ、空間を操るの!」
「…」
 ティナの警告にアルフェリアが目を細めた瞬間、ダグラスの分身の姿が、空に溶けるように消えた。
 次の瞬間には、ゼルリアの将軍の背後に現れる。
「な…」
「ふん、死ねえ!!」
 一瞬反応が遅れたアルフェリアの背中に、鋭い鋼が吸い込まれていった。
 刃が肉を切り裂く――そう見えた刹那、身を翻した男の刃が、凶刃を受け止めていた。
「っ…あぶねーな」
「ち…」
 さすがだ。
 ティナは、息を呑む。
 あの距離、あのタイミングをさばききった。
(彼、読んでる、ある程度)
 たぶんティナが警告する前に、最初にダグラスが空から現れたときから、彼はダグラスが不可解な術を使うのを見抜いていたのだろう。
 その上で、ダグラスの動き、行動を。
 戦士の独特の『眼』で、見切っている。
(…すごい)
 胸中で呟いて、ティナは一瞬で息を整えた。
 たが、アルフェリアがすごいからといって、彼にばかり場を任せるわけにはいかない。
「クルス!」
 ティナは相棒を呼んだ。
 黒い眼が彼女を見返す。
「…」
 こくんと頷いて、彼はすっと息を吸い込んだ。
「――黒き天の怒りに触れし愚者よ 雷神の裁きの前に ひれ伏し嘆け!」
 ライトニング・バインド! と高い声が宣言すると、鞭のようにしなる雷のエネルギーが、うまくダグラスの身体にまとわりつき、動きを止める。
「な…!!」
 憎憎しげにゆがんだ瞳が、はっとしたようにこちらを見た。
 アルフェリアの黒瞳も、同時に彼女を映す。
 それをしっかり見え返して、彼女は練り上げていた魔力を解き放った。
「――吹き惑う嵐 焼き尽くす太陽神よ わが前の敵を 激しく葬り去れ!! ファイヤー・ストーム!!」
 高らかに謳い上げた声に呼応して、空気の一部が炎上した。
 炎は連なるように螺旋を描いて膨張し、一直線にダグラスに向かう。
 彼女の持ち技の中では殺傷力は低いが、動けなくするくらいのダメージは軽く与える事ができる。
(終わった)
 にっと無意識に笑んだティナの口元が、次の瞬間こわばった。
「え…」
 彼女だけではない。
 クルス、アルフェリア、アベル。
 彼女の技の強さを認める人間たちが、一様に目を見開いて立ち尽くしていた。
 ティナの炎が男に届く寸前、花弁のような紅蓮が吹き散らされていくように、ふわりと勢いを消失すると、他愛なく消えた。
「…」
 どきり、と心臓が波打つ。
(止められた?)
 ありえない、と自身に呟きながらも、だが、目の前の圧倒的な『事実』が激しくティナを打ちのめす。
 属性継承者の魔法を止められるのは、より高位の属性継承者の魔法か、強さは同列でも反対の属性のものか。
 実際、四属性継承者であるティナの魔法を破ることができる者など、本当に限られている。
 より高位――二属性『光』『闇』の属性継承者か、はたまた、四属性『火』の反対属性『水』、もしくは『風』か。
「…」
 『光』と『闇』の属性は、ありえない、といってもいいだろう。
 すでに伝説の中でしかお目にかかれない属性だ。
 『風』か、『水』か。
 彼女は、同じ属性継承者として、自分の魔法を消した魔力の波動から何となく察しをつけた。
「水の属性継承者…」
 自分と同じ、四属性継承者。
驚きに見開かれたままの瞳の中で、次の瞬間景色が動いた。
「は!!」
 アルフェリアが呆然としたティナに斬りかかろうとした、ダグラスの剣を弾いたのだ。
「おい、何ぼさっとしてる!」
「ごめ…」
 ゼルリアの将軍の剣が鋭く翻った時には、ダグラスは呪の詠唱を終えていた。
「空間よ、我を運べ」
 立ち上がった魔力が、その姿をかき消していく。
 アルフェリアの剣が、空を薙ぐ。
 完全に消える寸前、退かねばならない己の不明に、歯軋りをしたダグラスの青い瞳が、ねっとりとティナを見返してにたりと笑った。
 空気が悲鳴をあげてまとわりついてくるような。
 何も言葉はなかったが、それが指し示していることは、わかりすぎるほど明白だった。
「っ…」
 そしてそれは、それだけでティナの激情を起こすには十分だった。
 『属性継承者の割には大したことのない魔法だ』と。
 ダグラスは目でそう語ったのだ。
 属性継承者としての自分を、貶められた怒り。
 それは、己へのふがいなさとあいまって、ぎりりとこぶしを握り締める。
「負けないから…」
 彼がカイオスを探している目的も聞き出せなかった。
 だが、一つの暗い予感が、彼女の胸に前触れなく到来した。
 『裏切り者』のカイオス・レリュードの居場所を聞き出そうとした『ダグラス』。
 彼は、七君主の分身――手下だ。
 彼の行動の背後に、七君主がいる…ということは、考えすぎだろうか。
「………」
 アレントゥムの遺跡で一度七君主と見えたとき、彼女は首の皮一枚を繋げる形で不死鳥を召喚した。
 不死鳥の力で七君主を退けることはできたが、『本当に』滅ぼせたのかということに関しては、いまいち自信がない。
 それが復活して、石版を集めているカイオスに、何らかの働きかけを再びしようとしているのか――?
「…」
 先ほどとは別の意味で、ティナはきゅっと自分の拳を握り締めた。
 アレントゥムの時は結果的にティナたちの味方をしてくれた。
 彼を信じていないわけではない。
 だが。
 カイオスは本当に、『信じていい存在なのか』。
 七君主の働きかけで、また、彼女たちを裏切ることはないと、絶対に言い切れるのか。
「…大丈夫よ」
 あえて声に出して、彼女はつぶやいた。
 仲間たちの何かを質したいと注がれる視線すらも、今は感じる余裕がなかった。
 大丈夫。
 きっと、大丈夫。
「…」
 祈るように指に力を込める。
 どうしようもない不安と、なぜか泣きたい気持ちが一緒になって、ティナは息をついた。
 一雨くるのだろうか。
 南の風が、なぜか冷たかった。

* * *
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