Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第三章 歓迎の都の影
* * *
――ルーラ国首都レイシャーゼ



 『ダグラス・セントア・ブルレア』の奇妙な接触から三日。
 ティナたちはその後はそれといった問題もなく、ルーラ国の首都レイシャーゼに到着した。
 行き交う人の服装もどこか軽く、穏やかな冬を穏やかに迎え入れているようにも見える。
 アクアヴェイルから発送され西大陸、砂漠の国シェーレンと世界を巡ってきた品物や、ミルガウスやゼルリアから発信された品物が、一様に集まる地。
 ただ、商業に関しては国の統制が行き届いているため、露店やキルド族の姿は少ない。
 特権商人にのみゆるされた店が、あちこちに商いの許可の証明である色とりどりの旗を、風にはためかせていた。
 だが、そんな明るい人々の行き交う中を、ティナは気まずい気持ちで歩いていた。
 彼女だけではない。
 他の五人――アルフェリア、アベル、テスタロッサ姫、クルス、そして相変わらずの副船長も、何一つ喋ることもなく、黙々と道を急いでいた。
 原因ははっきりとしている。
 『ダグラス』の接触、妙な術への不審。
 それがカイオス自身への疑惑へともつながってしまっている。
 特にアルフェリアは露骨な問いかけの視線を、アベルやティナに送っていた。
 だが、ティナたちにしてみればテスタロッサ姫の手前、めったなことは口にできない。
 アルフェリアもそこのところは分かっているはずなのだが、やはり気になってしまうのだろう。
 だが、ぎすぎすとした雰囲気だけは伝染してしまう。
 かくして、気まずい沈黙が仲間全体の中に充満してしまっていた。
「…そういえば、ルーラって何かうまいものあるっけ」
 そんな中をのんびりと口を開いたのは、クルス。
 微かにほっとした様子で、アベルがすぐに応じた。
「えっと、果物がよくで取れるんですよね、確か」
「ええ。そうです」
 会話の糸口を見つけて、テスタロッサも会話に加わる。
「そっか〜。果物かー。オレ、とても楽しみだよっ」
「何言ってんのよ、ルーラの王様に会いに行く方が先よ」
「うう…」
 目を輝かせたクルスに、さらりと釘を刺すと、彼はうなだれてしまう。
 そんな相棒は放っておいて、ティナはテスタロッサ姫に向き直った。
「ねえねえ、そういえば、ルーラとミルガウスって同じ民族が作ってるのよね」
「うん、そうなの」
 ルーラの第四王女は笑って応えてくれる。
「ソエラ朝第六十三代国王陛下デュオンの実現した大版図から、妾将軍のセドリアが独立したでしょ」
「うん」
 前回のイクシオン絡みの事件で、ティナはその話をロイドから聞いていた。
「ルーラ国もそのとき独立したんだけど、ゼルリアと違って完全な自治を目指したの」
「完全な自治…」
「ゼルリア――セドリアは建国された最初の方は、あくまでソエラ朝の分化した国として扱われていたからな」
 ティナの言葉に、アルフェリアが添える。
 その言葉を継いだテスタロッサは、こくんと頷いた。
「ミルガウスとゼルリアは今でも同盟関係だけど、ルーラはひたすら独立を保ち続けようとした。中立の存在であろうとしたの。けど…」
 シルヴェアの末期、その頃健在だったバティーダ・ホーウェルンは、ルーラ国に圧力をかけはじめ、テスタロッサは一度は政略結婚によって嫁がされることとなる。
 相手のフェイ王子の『死亡』で、彼女は結局ルーラに戻るが、それ以来、ルーラとミルガウスの関係は、あまりいいものではない。
「本当は、隣りの国同士もっと仲良くした方がいいと思うんだけど…」
 賢王ドゥレヴァの粛清時代、現在の南方守護府の領主が登場するまで小競り合いが耐えなかったのも、関係がぎこちなくなっている一因だ。
「…」
 テスタロッサは、何かを思いつめるようにうなだれてしまった。
 重い――さきほどよりも、はるかに重い沈黙が、彼女を支配する。
 何か、重大なことを心に留め、言い出すべきかどうか、迷っているような。
「…」
 ティナはその様子をじっと見つめていた。
 その脳裏に、ちらりと出会ったときの彼女の様子が浮かぶ。
 自分に刃を突きつけた賊と、彼女は何か話していた。
(何…言ってたんだろ…)
 ルーラの第四王女が、賊と旧知の仲とでも言うのか。
 それも、自分の命を取ろうとしていた相手と。
「…ねえ、テレサ…」
 思い切って切り出した彼女の声に、
「ああ、あなたは…!!」
 若い青年の声がかぶる。
 全員の視線が、そちらへ集中する。
 行き交う人の中を、まっすぐにこちらに駆け寄ってくる影。
 はっと顔を上げたテレサは、驚きに大きく目を見開いた。
「フォード!」
「ご無事で…」
 まだそばかすを頬に残した幼い兵士は、黒い髪に包まれた実直そうな顔を、嬉しさにくしゃりと崩す。
 手をとらんばかりの勢いで、彼はテスタロッサに咳き込むように話した。
「王――お父様も、お母様も、叔父上たちも、心配なされておりました。突然いなくなってしまわれたので…」
「ごめんなさい」
 何か影を含んで、姫は応える。
 だが、若い兵士には喜びに浸る余り、彼女のかすかに沈んだ様子には気付かない。
 そのまま先頭に立って、フォードと呼ばれた兵士はティナたちを案内していく。
 街を抜けて、貴族街へ、さらにその先の王城へ――
「しかし、本当によかった。あなたがいなくなったとわかったときは、本当に大騒ぎでした」
「…」
 王城の目の前、衆目がなくなったのを見計らって、フォード青年は切り出す。
 テスタロッサは目を逸らした。
 あきらめの表情が、はっきりとした目鼻立ちの顔を、暗く彩っている。
「…おじ上たちは、さぞかしあわてたでしょうね。――追っ手を差し向けるくらいに」
「姫様、それは…!!」
「ここからは一人で帰れるわ。この方たちをご案内して。私を助けてくれたの」
「は」
「聖地の印を、差し上げて頂戴」
「仰せのままに」
 気だるい様子で命令を下して、彼女はティナたちに目礼した。
「明日には印がお手元に届くと思います。今日はゆっくり休んで。助けてくれて、ありがとう」
「え…あ…」
 引きとめかけたティナの言葉が届く前に、ルーラの姫君は背を向けていた。
(何でそんな…)
 あきらめた、つらい顔をしているのか。
 道中で、フェイ王子の思い出を語った彼女は、とてもいきいきしていた。
「…」
 黙りこんだティナに、
「ティナー」
 クルスが心配そうに話しかける。
「…なによ」
「あまり、気にしない方がいいよ」
「そう…なんだけどね…」
 入れ込まないほうがいい。
 多分、これで別れて終わり。
 そんな人間だ、彼女は。
 住んでいる世界が違いすぎる。
 言い聞かせるように思い浮かべても、胸に浮かぶ気持ちは晴れなかった。
(わりとふつーの子なのにね…)
 自分と同じ年頃だからか。
 それとも、先ほど部下の青年と話をしたとき、ひっかかる言葉を耳に挟んだからか。
 気になってしまう。
 何となく。
「…」
 クルスが、うながすようにじっと彼女を見つめている。
 それを見返して、ティナは薄く笑った。

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