Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第四章 あなたへの想い
* * *
――ミルガウス-ルーラ国国境



「…」
 人気のない森を、馬が駆け抜けていく。
 薄暗い影が昼間を下るこめだというのに折り重なる陰影は、光を遮り、すでに夕闇ほどの視界しか、人間の目には確保できない。
 闇がわだかまる。
 恐れる馬をなだめながら、カイオスはひたすらに、先を急いでいた。
 冷然とした目が、一瞬で的確に風景を判別し、見事な手綱さばきで速度を保つ。
 だが、その眼光が不意に鋭くなったかと思うと、眼前の風景が一変した。
「―!」
 馬の首が、突然はじけ飛ぶ。
 視界が、赤い血で染まる。
 噴出す水が視界を完全に覆い尽くす直前、彼は馬の腹を蹴って横に飛んでいた。
「!」
 飛びながら、自分を狙って放たれた鋭い閃光を腰の剣を抜き打ちざま、叩き落す。
 弾かれた短剣が地面に落ちる前に、再び閃光が放たれた。
 素早く体制を立て直し、今度は余裕を持ってさばく。
 どう、と重い音を立てて、馬の胴体が地面に崩れ落ちた。
 それを横目に、見据えた前方の虚空が、ふとたわみ、空と空との狭間から、一人の人間を吐き出す。
 薄暗い中でも、一際輝く金の髪。
 冷めた色をした青い瞳。
 そして、それはにやついた優越感を、いっぱいに張り付かせている。
 それだけが、見合う男との唯一の違いだった。
「………」
 剣を下げて、カイオスは目を細めた。
 あえて無言で男の言葉を待つ。
「よお…久しぶりだな、失敗作」
「………」
「随分探したぞ」
 上からの物言いに、カイオスの目が、微かに細まる。
 明らかに辟易とした沈黙にも構わず、彼は――『ダグラス』は、歌うような調子で先を続けた。
「アレントゥムではよくもやってくれたものだな。おかげで、ひどい目にあったぞ」
「そんなことを言いに、南方守護府で俺のことを尋ねて回ったのか」
「ふん」
 自分のペースを護るように、そして、カイオス・レリュードをあざけるように、彼はそれから間を置いた。
 まるで、会話の先をじらしているかのような。
 だが、相手が催促してこないのを見て、面白くなさそうに自ら次を述べた。
「相変わらずムカつくヤツだ。まあいい。俺と一緒に来てもらおうか」
「…」
「七君主さまがお待ちだ」
 淡々とした無表情が、その言葉を聞いたとたん、一変した。
 生理的な嫌悪――反射的に浮かべた表情をすぐさま消して、カイオスは冷静に問う。
「生きているのか」
 息子を亡くし、世の破滅を願った、アクアヴェイルの賢臣にして、魔法学の権威『ダグラス・セントア・ブルグレア』に取り付いた闇の大意思七君主。
 魔王の復活を企んだ彼は、だがティナ・カルナウスの放った不死鳥の力で消滅したはずだ。
 微かな疑念を込めた声に、眼前の男は眉をしかめた。
 心底いやそうに、
「当たり前だろう。あんな小娘の放った術で、滅びるわけがない」
 あのお方を誰だと思っている、と居丈高に宣言して、彼はヴン、と空間を開いた。
「さあ、来てもらおうか。砂漠の国シェーレンで、七君主さまがお待ちだ」
「………」
 空間に切り裂かれるように存在した時空の狭間は、遥か闇の深淵へと続いている印象を与える。
「…」
 特に逆らうことをせず、カイオスは、淡々と一歩を踏み出した。
 空間に入ったとたん、持ち上がるような浮遊感とともに、足場が変動し、たどり着いた先には四方を岩に覆われた、乾燥した国のむっとした空気――

――ヤア、失敗作。

 広々とした空間に、美しい声を惜しげなく響かせて、真紅の瞳を持った七君主は、親しげに手を広げていた。

* * *
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