――ヤア、失敗作。ヨクキタネ。
空間魔法の先を抜けると、見たくも無い顔が、にやりと笑って彼を出迎えた。
さらさらと風になびく金の髪。
にたりと笑んだ赤い――血のように赤い瞳。
魔族特有の。
そしてその周囲を取り囲む、圧倒的な黒い魔力。
ばっと両手を広げた彼は、親しげな様子で嬉々と語った。
――君ガ逃ゲ出シテカラ トテモ寂シカッタヨ。戻ッテ来テクレテ嬉シイ。
「………」
その発話の間中、彼は湖面のような静かな表情を崩すことはなかった。
七君主という名の、眼前の男の話がひと段落ついてから、やっと一言切り出した。
「――で、何の用だ」
不快を隠さない声音が、四方の石に反響してこだまする。
背後の『ダグラス』が鼻白んだのが、けはいで伝わった。
七君主は、にたりとした顔を崩そうとはしない。
その程度の反抗的な態度など、取るに足らないといった様子で。
――フフッ
彼は、笑った。
くすくすと笑った。
それは、本当におかしそうな微笑だった。
カイオスも、『ダグラス』さえも、見守るしかない。
狂った静けさを感じさせる、それは微笑だった。
――ソウダネ。君ニタノミタイコトガ アルンダ。
やがて、存分に笑いつくした七君主は、なおも笑いながらそういった。
もったいぶるように、十分に間を置いてから、
――君サ。僕ヲ吹ッ飛バシタ女ガイルヨネ。
確か、ティナとかいったかな。
くすくすと続ける。
――彼女ノ力ハ、アッテハイケナイモノダ。トテモ不自然ナモノナンダヨ。摂理ヲ歪メカネナイ、オソロシイモノダ。
「………」
カイオスは、無言で聞いている。
何を言い出すのか、半分悟ったその顔は、それでも平静なままだった。
やがて、七君主は続きを述べた。
彼の予想したとおりの内容を、予想したとおりの声音で。
――ネエ君。アノ女ヲ――
殺シテキテ クレルカナ?
■
その言葉を聞いても、カイオスは眉一つ動かなさなかった。
ただ、それで、と相打つように言葉を挟んだだけだった。
七君主はくすくと笑いながら、なおも言い募る。
風に囁くような声が、耳障りだった。
――アノ力ハ トテモ強大ダ。トテモ…ネ。僕ガヤロウトシテイルコトノ、邪魔ナンダ。ハッキリ言ッテ ネ。
「………」
――君モ分カルダロウ? アノ力ハ尋常ジャナイ。排除シナケレバ。ソレニハ、一番近クにイル君ガ適任ナンダ。
「七君主さまがここまでおっしゃるとは…悔しいが、光栄だな」
淡々と言葉を重ねていく七君主に、後ろから感極まったようなダグラス。
「…」
辟易とした心情を表にださないように気をつけながら、カイオスは一言聞いた。
「話はそれだけか」
「…」
――………
七君主も、『ダグラス』も、鼻白んだように押し黙る。
彼は、構うことなく先を続けた。
「要するに、あれを殺せ、と。そういうことなんだな」
――ソウダヨ。
断れるはずがないよね、と笑った声がわずらわしい。
君、今彼女と一緒に旅をしているそうじゃないか。
けれど、あの中では、きっと信頼もされていないし、いてもつらいだけだろ。
あの女を殺して、僕たちの元に戻っておいで。
君は一度、僕たちを裏切ったけれど、僕は君を受け入れて上げる。
――断レルハズ ナイヨネ。
そのときは、君の大事な『ミルガウス』とやらが、どうなっても知らないよ。
声は、どこまでもわずらわしかった。
風に流れ、それは彼の元に届く。
カイオスは、笑った。
口元で、あざけるように。
そして、言った。
馴れ合いなど、所詮はお遊び。
「 」
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