Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第五章 裏切りと信頼と
* * *
――シェーレン国 ???



「断る」

 乾いた南国の空気に、彼ははっきりと吐き出した。
 背後のダグラスが、七君主が。
 悄然とした調子で、黙り込む。
 確実に『はい』と答えられる質問に、『いいえ』と言われたような、そんな表情だった。
 バカらしい。
 カイオスは、胸中で呟いて、続ける。
「不死鳥のような強大な力に立ち向かって、犬死にしろと?」

――君ナラバ、仲間タチニ 信用サレテイルダロウ。取リ入ッテ、術ヲ発動サセル 暇モナク、サッサト殺セバイイ。

「無理だな」
 薄い笑みを、その顔面に貼り付けたままで、カイオス・レリュードはあっさりと応じた。
 薄い――あざけるような笑みは、七君主にまっすぐ届き、淡々と刺し貫いた。
 氷のような、冷酷さで。
「あの女は、俺の境遇を知っている。そんな人間が、俺に対して隙を作るはずないだろう」

――………。

「信用に値しない人間に、どうして背中を見せることがある」

――何トカシテ ミセナヨ。サモナイト、君ノ『ミルガウス』ガ…

「『ミルガウス』か…」
 言いかけた七君主の言葉を、彼はさらりと遮った。
 鼻白んだような赤い目の男を、あざけるように見遣る。
 別に俺のものではないが。
 そう、口の中だけで呟いて、彼は氷の破片を放つような調子で、言葉を発した。
「『アレントゥム』の時も、それを持ち出したな」

――ソウダヨ。君ガ 僕ノ言ウコト 聞イテクレナイ カラ

「…」
 ダグラスが観念しろと言う風に鼻を鳴らす。
 それを背後に感じながら、カイオスは辟易と言葉を紡いだ。
「断る」

――何?

「俺が何も気付いてないとでも?」
 その言葉を言い切った男の視線が、すっと、持ち上がる。
 宿った冷徹な光が、どす黒い魔力を垂れ流している七君主を、刺し貫いた。

――ドウイウ コトダイ?

「『強すぎる闇は一箇所に集まれない』――そうだな?」

――…

 アレントゥムの一件で、アベルを盾に取られて合見えたとき。
 カイオスは、聞いた。
 息子を亡くしたダグラス・セントア・ブルグレアの願いが、世の破滅ならば、どうしてもっと早くにミルガウスにいる彼に手を出してこなかったのか。
 それに対する七君主の答え。
 ――強すぎる闇は、一箇所に集まれない。
 そのときと同じ言葉が、青年の唇を割って流れた瞬間、七君主の呼吸が止まった。
 カイオスの言葉はよどみなかった。
 さらさらと、空気の間を流れていた。
「なぜ、お前の元を逃げ出した俺に、四六時中追っ手を差し向けていたお前が、ミルガウスにたどり着いたとたん手を出さなくなったのか…」

――…

「お前は、そこに、『闇』がいたからだと言ったな。お前と同じ程度の力を持った――七君主が」

――マサカ…

 その『闇』が『誰か』まで、感づいたのか。
 小ざかしいね。
 そういった七君主の瞳が、血塗られたようだ。
 たぎる血流を――荒れ狂う烈火の怒りを顕して、男を見つめている。
 対照的に、カイオスは、どこまでもその語調を崩さなかった。
 七君主の怒気は、圧倒的な魔力を噴出させ、どす黒い熱気となって吹き付けてくる。
 こちらに刃の向けられたナイフが、数千本も一気に飛んでくるかのような感覚。
 思わず、背後のダグラスは顔を背けたが、彼は眉一つ動かさなかった。
「アレントゥムの一件で、お前は『ダグラス』を神殿に差し向けたそうだな。つまり、その時ミルガウスに干渉できた――『闇』はそこにはいなかった状態だった」

――…

 七君主は、射殺しそうな殺気を放った。
 ダグラスが、びくりと震える。
 だが、カイオス・レリュードはよどみなく続けた。
「普段欠かさず王宮にいて、『アレントゥム』の一件のときのみ、王宮を空けた人間が何人か居た。――あとは、その『人間』の境遇を考えれば、大体行き当たる」
 そして、その『人間』は、――闇は、今は王宮内にいる。
 平静な状態を保っている。
 眼前の七君主がそんな国に手を出せるのか。
 今までのことを考えれば、『彼女』が突然『外出する』と言い出さない限り、眼前の男には何もしようがないと言えた。

――ソレガ 真実ダトイウ確証ハアルノカイ?

 ぎりりと歯を食いしばった七君主に対して、
「ないな」
 彼はあっさりと言い切った。
 だが、すぐに続ける。
「お前の様子を見ていると、そう外れているわけでもなさそうだが」

――…!!

 悔しそうに歯軋りする七君主に、彼は追い討ちをかけるように続けた。
 先回りするように。
 とどめをさすように。
「『アレントゥム』までの様子を考えれば、ミルガウスの『闇』とお前の間で、意思の疎通ができているようでもない。ミルガウスの『闇』が何を考えているかは知らないが、とりあえず巣くうだけ巣くって、行動は起こす様子はないからな。だとすれば、石版が片付いてから、対処すればいい話だ」
 お前の要求を呑むつもりはない。
 カイオスは、はっきりとそう言った。
 七君主の視線は、それ自体が殺人の道具となったかのように血走り、毒ヘビのような残酷さと死を早めかねないような殺気を、どくどくと打ち出していた。
 ダグラスなどは、呼吸困難に陥ったかのように、口を空しく開け閉めしている。
 とうとう立っていることすらできなくなったのか、へたりこんで喘いでいた。
 一方、カイオスは、それを平然と受け止めた。
 最後の言葉を紡ぎ出した。
「さて…――俺の言いたいのはこれだけだ。さっさと、元の場所に帰してもらおうか」


 カイオスが、そう言い切った瞬間だった。

――行カセルト 思ウカイ?

 七君主の瞳が、かっと見開かれる。
 次の瞬間、だん、と二人の狭間の空間が裂けた。
 属性継承者の魔力と、七君主の魔力の真っ向からのぶつかり合い。
 赫と蒼。
 飛び散った火花が、両者の面を幻想的に照らし出す。

――『失敗作』ノ分際デ…!!

「…」
 両者が手をかげ、さらに二発、三発。
 他の人間だと、一瞬で弾き飛ばされそうな魔力が、所狭しと飛び交っていく。

――フフッ 強イ力ニ 立チ向カッテ 犬死ニスルノハ イヤナンナンダロ?

 さっさと降参しちゃいなよ。
 皮膚を舐めまわすかのような調子で紡がれる言葉は、不快以外の何者でもない感触で、聞くものへと届いた。
 へたりこんだダグラスが、びくりと震える。
 蒼白を通り越して土気色の顔が、おびえと畏怖にひきつっていた。
 その彼を尻目に、カイオスはふん、と鼻を鳴らす。
 冷静に言葉を跳ね返す。
「お前こそ、よく二度裏切った人間にそんなことを持ちかけるな」
 気が知れない。
 挑発そのものの言葉が、嘲りとともに放たれる。
 怒りに目を見開いた七君主。
 眉ひとつ動かさないカイオス・レリュード。
 動と静。
 激情と無情。
 魔力の余波に、髪がはためき、激しく空が吹き荒れる。
 二者をとりまく空間が、ゆがむほどの力を一気に貯め、同時にはじき出した。
「!!」
 ガン、と部屋が鳴いた。
 否、頑丈な鉄が槌で殴られたような音を立てて、地軸が振動した。
 空気がたわみ、一瞬の発光がまばゆく辺りを飲み込んでいく。
 砂塵が舞い上がり、小石がぱらぱらと舞った。
「…」

――ナカナカ、ヤルネ。

 辺りを覆う砂煙が晴れたとき、魔力の応酬は終わっていた。
 涼しい顔で掲げた手を下ろしたカイオスは、その表情を崩さないまま、淡々と聞いた。
「それで、帰す気になったか?」

――今日ノ トコロハ、ネ。

「………」

――オ互イ、痛ミワケト シヨウジャナイカ。

 にやりと笑む、七君主の右手が裂けていた。
 同じように、カイオス・レリュードの腹部も、真紅に染まっている。
 衝撃の余波で、二人の狭間の大地が、痛々しく底なしに深く、裂けていた。
 収まる煙の代わりに、鮮血の匂いが、じんわりと辺りに充満していく。
 眼前の『失敗作』に向かって、彼は肩を竦めてみせた。

――アノネ、イイコトヲ 教エテアゲヨウ。石版ノ一ツハ 僕ガモッテル。

「………」

――気ガ向イタラ オイデ。

 七君主の、無事な左手が空をなぜると同時に、ヴン、と空間が割れた。
 しりもちをついたダグラスを後に、彼はそちらに向かって歩き出す。

――待ッテルヨ。

「石版だけ頂きにくるさ」

――フフ…

 やがて、男の身体は来たときと同じように、空間に呑まれて消えていった。

* * *
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