Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第五章 裏切りと信頼と
* * *
 七君主が作り出した時空の穴は、金髪の男を飲み込むと、陽炎のようなゆらめきを残して、溶けるように消えていった。
 さらさらと砂塵が舞っていく。
 ウソのように静かな空間の中で、七君主は、だらりと垂れ下がった己の腕を、忌々しげに見遣る。
 せっかく魔力が回復しかけていたのに、これでは使い物にならない。

――マア、イイカ。

 左手の親指を噛みながら、彼は呟いた。
 あっちだって、負った傷は、浅いはずがないのだ。
 ただ、『失敗作』の――『人間という名の失敗作』の分際で、自分に傷をつけられるとは思わなかった。
 だから、素直に帰した。
 そして、同時に挑発した。
 石版をとりにおいで、と。

――ソウスレバ、キット必ズ アノ女ト会エル カラネ…

 呟きながら、ふと傍らを見ると、随分とくたびれ果てた『ダグラス』がいた。
「よろしいのですか」
 あなた様のお力なら、ヤツを片付けることができたのでは。
 『ダグラス』は、そういう。
 七君主は、その言葉を一笑に付した。

――役立タズ ガ 偉ソウナコト 言ウモンジャ ナイヨ

「!! 申しわけ…」

――イイ。一旦ルーラ国ニ 戻リナヨ。ソシテ、僕ノ言ッタ 通リニシテ。

「は…」
 跪き、深々と頭を垂れる部下を、それきり彼は視界から閉め出した。
 再び、己の考えに没頭していく。

――早ク オイデ…。

 忌々しい。
 不死鳥を操る女。
 そして、自分を裏切った、『失敗作』。

――人間ノ分際デ…

 こりこりと、噛み砕くツメが、血を垂れ流している。
 構わずに彼はその味を楽しんだ。
 まったく、人間の身体というものは、心地がいい。
 斬れば血が出る。
 血が出れば、たっぷり己でその味を堪能できる。
 ふと、七君主は、自分の身体の持ち主――『ダグラス・セントア・ブルグレア』に語りかけてみた。
 といっても、人間としての栄光を全てを投げ打ってまで、自分を召喚し、迎合したダグラスに、届くとは思えなかったが。

――ドコマデモ、彼ハ 『君』ニ 似テイルネ

 と。
 その真意をそれ以上紡ぐことなく、七君主はくつくつと笑った。
 彼の思考は、これから繰り広げられる『劇(ショー)』にのめりこむように傾いていった。
 あの女と再会したら、どんな方法で殺してやろうか。
 そして、あの裏切り者は、どう扱ってやろう…

――アノ女ヲ 殺シテヤルヨ…。『失敗作』………君ニトッテ、最モ屈辱ナ手段デ ネ。

 たかが、『人間』の分際で、この僕に歯向かうからだよ。
 ――楽しみだ。
 そう口ずさむ声が、南の空気に溶けて、消えていった。


――堕天使の聖堂 付近の村



「え、行方不明者?」
 ティナたちが、その村についたのは、彼女が『泣いている金髪の少年』の不可思議な『夢』を見た、その日の午後だった。
 昼食を取ろうと宿屋探しもかねて、懐かしさも感じる村をぶらぶらと見回っていたところ、そんな話が彼女の耳に入ってきたのだ。
 店先で、客らしい中年の女性と話をしていた道具屋の女が、はっとしたようにこちらを見た。
「あらあら、ごめんなさい。いらっしゃい。なんにする?」
「水入れの皮袋ひとつお願い。それより、『行方不明』ってまさか…」
「はい、皮袋、銅貨一枚ね…」
 てきぱきと動きながら、彼女はふっくらとした顔を悲しそうに曇らせる。
 心底心配そうな様子で、ティナたちに語ってくれた。
「それがね…最近、堕天使の聖堂のあたりに狩りに出掛けた男たちが、帰って来ないんだよ」
「…」
 堕天使の聖堂。
 はっとしたように顔を見合わせた旅人たちを、少し不思議な様子で見ながら、女は続ける。
「この人も、主人がいなくなって…」
 気の毒そうに、もう一方を見た。
 はあ、と思い息をついた女たちを見ながら、ティナは切り出す。
「あの、堕天使の聖堂って危険なところですよね」
「ええ。だから、狩りには十分に注意していたはずなんだけど」
「最近、北からの商人さんも少ないし、仕入れがとどこおって困っているのよ」
「堕天使の聖堂で、何かあるんじゃないかって」
 次々に重ねられる言葉の合間に、ティナは自分の言葉を挟みこむ。
「探しに行かなかったんですか?」
「行ったわよ、そりゃもちろん。けど、聖堂の近くまで来ると、妙な霧にまかれてねえ…」
「妙な、霧…」
 堕天使の聖堂の特徴として、魔王ルシファーの呪いか…――入り日の間際に、聖堂に立ち込める霧が、血のような真紅に染まりぬく、といういわれがある。
 それのことか、と思ったが、女性たちは首を振った。
「普段は、そんなこと全然ないのよ。霧がただ真っ赤に染まるだけじゃなくって、そこで煙に巻かれるような感じになって――気が付くと、村の近くに戻ってきている感じで」
「…」
 聖堂の、異変。
 石版か、と思ったのは、ティナだけではなかったらしい。
 ふっと背後を振り返ると、アルフェリアたちも言葉なく頷いた。
 堕天使の聖堂に、石版が飛来して、何らかの形で周囲に影響を及ぼしているのかも知れない…――
「あの…」
 ティナが言いかけると、道具屋の女将の方が、遮った。
 何を考えているのか、悟ったように言う。
「あんたたち…堕天使の聖堂に行くつもりでしょう。石版を探しに」
「え?」
 思ったことを言い当てられて、流石にどきりとした。
 それには構わず、彼女は続ける。
「あのね。あんたたちみたいなのが、数日前にも来たんだよ。綺麗な若い女の二人連れでね。一人は異民族だった。
 アクアヴェイル人を探してるって言ってたけど…――今の話を聞いたら、石版が絡んでるんじゃないかって…、調べてみるって、止めるのも聞かずに聖堂の方に行っちゃったんだよ。
 まあ、やっぱり、異民族は気味が悪いじゃない。
 だから、とどまらなくってよかったとは思うんだけど、さすがに後味が悪くて…」
「女の二人連れ…」
 しかも、金髪青眼の容姿を持つ、『アクアヴェイル』を探していたという。
 どういうことなのか、ふっと考えたティナの前で、女はふっと息をつく。
「そう、無事でいるんだか…」
 あんたたちも、お金目当てに石版を集めてるんだろ? ほどほどにね、と彼女は太い息をつきながら言ってくれた。
 素直にありがとう、と返して、ティナはひとまず話し合おうと宿の位置を聞く。
「宿ってどこかありますか?」
「それなら、村の入り口の右手にあるよ」
「ありがとう」
「どういたしまして。そういえば、あんたも珍しい目の色をしているねえ」
「そう?」
 とぼけてみせたが、彼女の追及はかわせなかった。
 まじまじと覗き込むように見つめた後、中年の彼女たちは、穏やかな様子で言った。
「まあ、変な商人に捕まらないことだね」
「うん」
「そういえば、さっきの女の二人連れも、変わった髪の色をしていた」
「え?」
 ぱちぱちと瞬く。
 彼女は記憶を辿るように少し間を置いてから、やがてああ、と言い出した。
「そう、きれいな蒼い髪の女だった。あれは、どこかの民族の混血だね。ひょっとしたら、異民族の血も混じってるのかも」
「蒼い髪の女…」
 ふと、記憶にある女の面影が蘇って、ティナは復唱する。
 そう、といった女性たちは、久々の話相手を見つけて嬉しいのか、なかなか解放してくれない。
 そこからは、適当に相手をする、ティナの横で、
「蒼い髪…」
 ふっとかげった表情をゼルリアの将軍が浮かべたことに、仲間たちは気付かなかった。


「はー。まったく…女ってのは、よく喋るもんだな」
 中年女性たちのおしゃべりは、その後一時間ほど続き、それからやってティナたちは、宿屋へと足を向けることができたのだった。
 宿の部屋に落ち着いて一言。
 ため息とともに吐き出したアルフェリアの言葉が、切実な重みを持っている。
「そう? ふつうだと思うけど」
「うん、おばちゃんって良くしゃべるよねえ」
 首を傾げたティナの横で、クルスはうなだれていた。
 アベルは疲れていて眠いらしく、ベッドに腰掛けて船をこいでいる。
 風邪ひくかな、と思って、ティナは一応声を掛けた。
「アベル、寝るんなら、布団かけて寝てね」
「はい〜」
 半分夢の中の返事を残して、少女は、ぱたんと横に倒れてそのままくうくうと寝息を立て始めた。
 軽く笑って、ティナはそれに毛布をかけてやる。
 その後で、彼女は改めて切り出した。
「…で、どうする?」
「どうするって?」
 彼女の投げかけに対して、肩を竦めたのはアルフェリア。
 クルスは、難しい話題には決して近寄らないので、おとなしくルーラの果物を頬張っている。
「だから、堕天使の聖堂よ」
「印もないのに行くってのか? むちゃくちゃだろ」
「だけど」
 村人は行方不明。
 そして、ひょっとしたら旧知の知り合いかもしれない人間までが、巻き込まれている可能性があるのだ。
 これでカイオス・レリュードを待っていれば、確実に数日は費やしてしまう。
 けれど、一刻の猶予もない。
 彼女にはそう思えた。
「放っといて手遅れになったらどうするのよ」
「それで、オレたちが危険にさらされたら、結局何も変わらねえだろ」
「…」
「冷静になれよ、ティナ」
 どうしても急いてしまうティナに対して、アルフェリアはどこまでも平静だ。
 淡々と説かれて、ティナはぐっと押し黙る。
 だが、しばらく静かな面持ちで彼女を見守っていたゼルリアの将軍は、不意に相好を崩した。
「だが」
「?」
「にゅ?」
 ティナと、そして話は決まったとばかり思っていたクルスが、同時に瞬きをする。
 二対の視線の先で、彼は軽い調子で言ってのけた。
「正直言えば、俺も興味がある」
「…」
「そうなんだ〜」
「ちょっとな」
 詳しいことには触れず、彼は簡単に話を切り上げた。
 最終的なところを言うように、ついっと二人を見た。
「あの左大臣の手前、王女は危険にさらしちゃいけねーからな。クルスとアベルは村に残ってもらって、オレとティナだけで聖地の周辺を調べに行く。それでどうだ?」
「いいけど」
「うん、分かったよ!」
 こくんと頷いたティナに、にぱっと笑ったクルス。
 同意を受けて改めてアルフェリアは言った。
「じゃあ、決まりな。今日はゆっくり休んで、明日行こうや。どっちにしろ、左大臣の印が来なきゃ聖地には入れねえ。あくまで周辺の調査。それが目的だ」
「そうね」
「まあ、うまく女たちと合流できればいいが」
 その言い方に、ティナは少しひっかかるものを感じた。
 どこかしら他人に対する無責任さのようなものが、感じられない――そんな気がした。
 確信なんて持てない、小さなことだけど。
「ひょっとして…知り合い…とかだったりするの?」
 素直に聞いてみると、珍しくアルフェリアの顔が曇った。
 何か、触れたくなにことに触れられたかのような――そして、短い沈黙の後、まあな、と言う。
「とりあえず、『知り合い』っちゃ知り合いだな。その知り合いが、なんで『アクアヴェイル人』なんて探してるか、それも気になるし」
「…そうね」
「アクアヴェイル人、ね…。こんなとこに、ごろごろいるわけがないからな、そんなの」
「…」
 言外に間違いなくカイオス・レリュードのことを匂わせて、彼は目を細めた。
 その胸中は、何を思っているのだろうか、次に呟いた口が、言葉とも取れないような呟きを、だが確かに吐き出す。
「あいつ…絶対に、全部吐き出させてやる」
「素直に言うかしらねえ」
 首を傾けて、ティナがふっと応じると、彼は苦笑した。
 まあな、とあっさりと言う。
「そのときは、何しても吐かせる。でないと、気になって背中、預けられねーよ」
 仲間として認められない、彼はそう言った。
「…まあ、ね」
 ティナは薄く笑って応じる。
 ただ、他人のことなのに、なぜか、彼女自身がどこか居心地が悪いような。
 そんな気がして、ティナはすぐに笑みを消した。


――ミルガウス・ルーラ国境地帯



「…」
 空間魔法特有の浮遊感を潜り抜けると、元の森の中に戻っていた。
 この手の魔法は、時間軸が大幅に狂ってしまう。
 空間の長さに比例して、くぐる前とくぐる後で、数時間から数日、時間が経ってしまっているのだ。
 薄暗い森の中では、正確な時刻が分からなかったが、おそらく夕方だろう。
 これ以上馬もないまま進むのは、さすがに危険か。
 だが問題は、これが『何日後』の夕方になるのか、ということだった。
 さすがに、十日も経っていることはないだろうが、最悪数日は浪費している可能性がある。
「っ…」
 そこまで考えたところで、カイオスは、手近な木の幹にもたれて、ずるずると座り込んだ。
 さすがに、限界だった。
 傷を抑えた指の間から、真っ赤な血が流れ出しては、地面に伝い落ちていく。
 脈動が一つ刻むたびに、突き抜ける激痛が、身体を走りぬけていった。
 止血をほどこしながらも、彼の頭はそれから先の道程を考えて、めまぐるしく動いていた。
 とりあえず、堕天使の聖堂に一刻も早くたどり着く。
 それから先は、――シェーレン国。
 あの七君主の持つ石版を目指して…――
「…」
 彼は、息を吐き出した。
 ふと、血に濡れた手を掲げる。
 辺りが薄暗いせいだけでなく、輪郭がぼやけた手のひらには、真紅の液体と、滲んだ汗がこびりついていた。
 血は止まったが、身体はしばらく満足に動きそうにない。
 とりあえず、休むしかないか。
 そのまま閉じていく目の前に、漆黒の夜が迫っていた。

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