Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 時を越えた再会 
* * *
――堕天使の聖堂 近隣の村付近



「すごい…霧が深いわね」
「だな、はぐれなんよ。ティナ」
「うん」
 アベルとクルスを村に残して、聖堂直近の村にたどり着いた翌朝。
 ティナとアルフェリアは、行方不明者と、そして『蒼い髪の女』と『異民族の女』を探すために、聖堂の近くに赴いていた。
 彼女たちの手元には、『印』が一つしかない。
 カイオス・レリュードが南方守護府からもたらすもう一つの印がなければ、聖地に立ち入ることは自殺行為に等しいので、彼女たちは自然、聖堂の周囲を周るしかなかった。
 だが、その道々を、深い霧が阻む。
 息を吸ってはくたびに、霧が身体の中に入ってくる。
 吐き出すたびに、体内の霧と『自分』とが、一緒に外に出て行く気がする――
 そうして、自分が、乳白色の空気の中に、溶け出して行き出しそうな。
 深々とした、静寂。
 耳が痛くなるほどに。
 その中を、朝露を払いながら、彼女たちは進んでいた。
「行方不明の人たち――なかなかいないわねえ」
「女たちもな」
 ティナは肩を竦めた。
 いつもはすがすがしいほどに、『人は人』『自分は自分』で割り切っているような男が、どうして、『聖地に踏み込んで行った女』を気にするのか。
 少し前に、接触して来た『ダグラス』とカイオスの関係を話さないで済ませた手前、彼女の方から聞くに聞けない話題ではある。
 だが、もしもティナの知る『蒼い髪の女』と、アルフェリアの探す『蒼い髪の女』が同じ人間だったなら。
 彼女と彼は、どんな関係なんだろう…
 ちらりと伺った拍子に、足元がつまずいて、彼女は慌てて歩くことに注意を戻した。
 歩き続けてどれくらいになるのか。
 ひんやりとした南の朝のなかで、額の汗を拭いながら、二人は言葉を交わす。
 時間の感覚が狂いがちだが、そろそろ三時間くらいは経つかもしれない――
 日も大分高くなっているんじゃないか。
 ――霧で何も分からないが。
「しっかし、この霧――」
 ティナは呆れたように自分の目線を少し上向けた。
「むちゃくちゃよねえ…」
「確かに、時間的にはとっくに消えてもいいわなあ」
「魔力が捻じ曲がっているところじゃ、よくある現象なんだけどね」
 応じたアルフェリアに向かって、ティナは肩を竦める。
「夕方には、毎日のように霧が出てる――とは聞くけど、朝は、そんなに出てないそうじゃない。それがこの有様ってコトは、やっぱり魔力が変動してるんだと思うんだけど」
「道が、分かりにくいな。うっかり、聖地に入らないようにしねーと」
「けど、聖地って、入り口に目印か何かがあるんでしょ?」
「ああ。双頭の獅子だな」
 『聖地』と『その他の部分』を分けるのは、地面に突き立った二本の銅柱――その上に鎮座する、双頭の獅子を境にしていた。
 人は、このたった二本の柱を頼って、自分たちの『領地』と堕天使の聖堂とを住み分けているのだ。
 しかし、そうはいってもやはりよく迷う。
 それで、この土地には『行方不明』者が後を絶たない。
 その『行方不明』者が爆発的に増えているから、村人たちの間に不安が出てき始めているのだろうが。
 カイオス・レリュードの予想通り、堕天使の聖堂に石版があるとして、真っ先にその魔力に飲み込まれるのはあの村だ。
 まだ、小さな不安。
 早めに潰してしまうに限る。
「そういや、知ってるか?」
「何?」
「人がここでよく行方不明になるのは、聖地との境が分かりにくいだけじゃないって」
「そうなの?」
 視線をずらして、見上げた男は、いつものように、にやりと笑っている。
 かなり距離は近いはずなのに、その姿さえも、霧の向こうにかすんでいた。
 本当に、身体の脇に下ろした自分の手すら、乳白色の空気の中に溶け込んでいる。
 うっかりとつまずかないように注意をしながら、彼女は話の続きを待った。
 アルフェリアは語る。
 霧にさらわれて、それはどこか間遠に聞こえた。
「迷い人は、聖地と人の地の狭間で迷った挙句、どこでもない『異世界』に通じてしまう…ってな…」
「…」
 異世界…。
 その言葉は、どこか不思議な感覚で、彼女を打った。
 霧の中の白い世界で。
 隣りの男さえも見えない空間で。
 それでも普段どおりの男の声音が、それはとてもよそよそしくティナの耳に届いた。
「時空が歪められている…そうとも言われてるらしいぜ」
 聞いた話だけどな、と。
 語る言葉の半ばから、ざあ、と風にあおられた深い霧が、ティナの目の前から、一瞬、アルフェリアの足音や、その影さえも連れ去って行った。
「!!」
 はっと我に帰って、ティナは手を伸ばす。
 白い壁を突き破って、探った先はウソのように何もなかった。
「ちょっと…アルフェリア!?」
 うそ、はぐれた?
 慌てて声を高めても、全て周りの霧が持っていってしまう。
 石版の魔力は、ここまで影響を持つのか――
 白い霧が、ティナを飲み込んでいく。
 ゆっくりと。
 幼子を腕(かいな)に包み込むように。
 白い霧が全てを。
 覆い尽くしていった。

* * *
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