Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第八章 とき巡る『現在』へ 
* * *
「っ…」
 堕天使の聖堂の、わけのわからない『幻』に取り込まれ――これもまた、『わけも分からないうちに』戻ってきてしまった。
 気分は最悪。
 だが、ティナは手の中の冷たい石の感触に、ほっと息をつく。
 二つ目の石版の欠片。
 ミルガウスを発って一ヶ月と半月。
 こんなに短い間に見つかってしまった――
「…」
(カイオス…)
 彼の情報がないと、ここまで早く見つかることはなかっただろう。
 的確な、しかも今のところ確実な情報を、次々と出してみせる。
 石版を集めたことのあるティナになら分かった。
 並大抵のことではない。
 ティナとクルスが二つの欠片を集めるのに、情報を集めるのだけで、それこそ一年以上はかかった。
(………)
 だが、それを素直にすごい、と思えないのはどうしてだろう。
 手に残っている感触。
 剣と剣がぶつかり合う音。
 彼がティナに斬りかかって来た、あの光景――。
 『今』は『味方』なだけで、――過去がそうだったように、これから先、彼が『どんな』立場に立つか、分からないのだ。
 石版をこんなに早く集めて――そして、たとえば『生き延びていた』七君主が、彼に石版を持ってくるように働きかけをしたら。
 彼は――『味方』のまま、とは、限らないのだ。
「………」
 ティナは、ぎゅっと手を握り締める。
 胸にわだかまる不安は、それだけではなかった。
 彼は――ティナと打ち合っている最中、七君主の魔力に貫かれて――
「………」
(まさか…)
 『彼』が、倒れてしまう、なんてことがあるんだろうか。
 沸かない実感とかけ離れて、不安だけが膨れ上がっていく。
 そんな思いと裏腹に、彼女の周りで霧が――赤い霧が徐々に薄れていくのが分かる。
 石版の影響から解放されたためか。
 どんどんと薄くなっていく霧の向こうに、いくつもの人影が見えた。
「村の…人たち?」
 口の中で呟いて、ティナはそちらに歩み寄っていく。
 初老の男から、ティナとそう年の変わらない少年まで、いろいろな年齢の人間が十人。
 どの男たちも疲れ切ったように、地面にへたりこんでいる。
「あの…」
「…」
 ティナがそのうちの一人――彼女とそう年の変わらない少年に話しかけると、ぼうっとした風だったその瞳が、はっとこちらを見た。
「うぁあああ!?」
「え!?」
 とたんに後じさる彼に、ティナはわけが分からない。
 やがて、少年はおそるおそる、といった風に、彼女を見返した。
「あ…あんた…」
「大丈夫?」
 何があったのか。
 よほど、つらいことでも、あったらしい。
 ティナが無言でうながすと、やがて彼はぽつぽつと語り始めた。
 彼は、村の男たちが十人居なくなったとき、彼らを探しに行ったらしい。
 しかし、途中で一緒に行った男たちとはぐれ、深い霧の中にいた。
 そして、そこで『自分の母が死んでいく』幻を鮮明に見た、というのだ。
「俺…どうしよって…そればっか…けど…もう、出られたんだよな、大丈夫だよな…」
 言い聞かせるように、呟く少年に対して、ティナは何も言えなかった。
 『母の死んでいく様子』。
――では、『幻』は、やはり未来のことも見せるのだ。
 だが。
「まあ…悪い夢よ。気にしない方がいいって」
 言葉に出しては、ティナはそう言っておく。
 たぶん、ここの村人たちは全員が幻のなかに閉じ込められていたのだろう――ティナが、そこから石版を持ち出したことで、おそらく彼らも幻から解放されたのだ。
「ちょっと、頼んでいい?」
 まだ放心したような少年に対し、ティナはあえて明るい声で語りかける。
 落ち着いたら、ここの村人たちをまとめて、村に帰って欲しい、と。
「ああ…分かったよ。――あんたは?」
「私は」
 やらなきゃいけないことがあるの。
 そう言って、ティナはたっとその場を駆け出した。
 胸のうずくような魔力の波動――それを魔道士である彼女は痛いほどに身に感じていた。
(間に合ってよ…)
 聖堂の印は彼女が持っている。
 石版を印を握り締め、ティナは聖堂に向かって駆け出した。

* * *
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