Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第一章 すれ違う思い
* * *
「本性表しやがったな」
 ティナから一連の話を聞いたアルフェリアは、さらりとそう言った。
 あの場を動けなかったティナをクルスが見つけて半刻あまり。
 アベルを外した席で、相棒と黒髪のゼルリア将軍を相手にして、事情を説明したのだった。
「本性って…」
「後ろ暗いところがないなら、裏切りの話を持ち出された時点で、関わりさっさと否定するだろ」
「問題は」
 首を竦めたアルフェリアの隣りで、クルスは真剣に呟く。
「ご飯の時間になってもカイオスが帰って来ないことだよ」
「ガキの心配かよ」
「おなかが減ると、とってもつらいんだ!!」
「…」
 呆れた風に口の端で笑ったゼルリアの将軍は、一方の視線で、ティナを見る。
 ほら、言ったとおりになっただろ?
 そう、言いたげな視線だった。
 カイオス・レリュードが、ミルガウスから石版を持ち去った原因の一端ともなっている人物――ダグラスの接触。
 それを受けて、アルフェリアは、また裏切る可能性があると示唆した。
 元々、不明なところもある人間に対して、警戒を緩めなかったところはあるが…
「…」
 ティナは、テントの外を見た。
 日は翳り始めている。
 どこに行ってしまったんだろ…そう、気にはなりながら、投げつけてしまった言葉と、それに対して放たれた彼の視線を思うと、言葉にする前に思いは消えていった。
「探してくる」
 そんな、自分の思いから逃げるように、ティナは立ち上がった。
「あ、オレも行くよ」
 クルスがさっと続く。
 止めることもできず、彼女はテントを出た。
 まとわるような熱砂の風が、ティナの長い髪をはためかす。
「…ティナ」
 呼ばれて振り向けば、クルスが心配そうにこちらを見上げていた。
「…あんたはどう思う?」
 相棒に尋ねれば、彼はうーーーーん、と首をかしげる。
「よく、分からないよ」
「そうね」
 ティナは、うっすらと笑った。
 見上げた少年を見返して、弱々しく返す。
「私も――」
 よく、分からない。
 呟いた声は、自分でも情けないほどの弱さで、相手に届く前に風にさらわれていった。


「…」
 カイオス・レリュードは、重い息をついて、身体を起こした。
 あの女と口論めいたやり取りをしたのは、大分前、戦いに加わろうと思ったのは思ったのだが、熱に浮かされた身体に限界がきたのが先だった。
 倒れるように近くのテントに入って、意識を手放してから、どれくらい経ったのかは分からない。
 だが、人気のないテントに注がれる入り日の赤さが、それが決して短い時間ではなかったことを知らせていた。
 キルド族の隊商の中でも、ほとんど人気のない場所だったせいか、誰にも見つからずにすんだらしい。
 自制心を総動員し顔は平静を装って、重い身体を引きずって、入り口にたらされた布をくぐる。
 橙に浸された空気の中に、ふと何かの影を見つけ、その目が細まる。
 かすんだ視界のなか、それが『何』か、識別する前に、そして反応する前に――相手が動いていた。
 音のない殺気。
 身を翻す前に、首筋に鋭利な刃物の感触が突きつけられる。
「…」
 あからさまに舌打ちして、カイオスは目を細めた。
 あえて胸中を言葉にするなら、舌でも噛み切ってやりたい、といったところだったが。
 文言を絶する悪態を、胸中で自身にはき終えたところで、いやらしい笑いを張り付かせた秀麗な顔をした『ダグラス』が、にたにたと笑いながら囁いた。
「ふん…ずいぶんとつらそうじゃないか、失敗作」
 七君主さまに逆らうからこうなるんだ、と空間魔法を操る七君主の分身は、居丈高に紡ぐ。
 彼にかかると、空が青いのも海が青いのも、全て七君主の偉大さの賜物にされそうな調子だった。
 その彼が、カイオス・レリュードに接触しに来る、ということは、七君主が、まだ何かたくらんでいるということで…
「…」
「七君主さまはな、どうしても『お前』に、あの女を殺させたいそうだ」
 ふん、と笑ったダグラスの分身は、そう言って、低く呪を唱え始めた。
「…!?」
 カイオスはとっさに反応しようとしたが、その前にダグラスがそれを完成させる方が早かった。
「…」
 魔力が男を包み込み、そして全てを無私へと誘っていく。
 永遠に冷めない悪夢へと――。
 その意識は、暗闇に吸い込まれるようにゆっくりと、暗転していった。

* * *
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