「カイオス…どこに行ったのかな」
ふさふさとした髪を風に揺らしながら、クルスがぽつりと呟いたのは、キルド族たちのテントの間を大方歩きつくした頃だった。
彼の金髪は、キルド族の中でも際立つ。
だが、誰も彼の姿を見たものはいなかったし、テントの外れ、人気のない場所に来ても、彼らしい人物を見ることができなかった。
入日はすでに砂漠の彼方に沈み、茜と藍の間を彷徨いながら、つらつらと眠りかけている。
急に風が冷えてきた。
これから過酷な氷点下の夜が来る。
「………そうね」
ティナもぽつりと頷いた。
戦いの前にやりとりをしたことは気まずい。
けれど、さっさと合流して、さっさと晩御飯にありつきたかった。
死に掛けた砂漠の静けさは、不気味なものがある。
一刻も早く、温かいご飯と仲間たちのもとに戻りたい。
「あーあ、まったく…」
世話が焼けるやつね。
そう、言った彼女の目に、ふと何かの影が過ぎる。
「?」
思わず視線を上げた瞬間、視界が一転した。
「!?」
茜の空と、足が地面をこする感覚。
そして背中に感じた風と浮遊感。
「な…」
突き飛ばされた。
そう悟った瞬間、耳が鋼の音を拾った。
背が砂の地面につっこみ、大きく崩した体制から、ティナは何とか頭だけを持ち上げる。
「え――」
彼女は目を見開いた。
クルスが、戦っていた。
――金髪の、青年と。
「え?」
それは、何か冗談のような光景に見えた。
相棒は――クルスは、誰と刃を合わせている?
微かに光を弾く金の髪。
ダグラスか?
一瞬思った理性を、本能が否定する。
――カイオス・レリュード。
彼だ。
間違いない。彼だ…!
「なに…? なんで………!?」
呟いたのと同時だった。
まるで、悪い寸劇を見ているときのように、場違いに相棒の身体が吹っ飛んだ。
さして力も込めていないような一撃にして、小柄な少年の身体は、ティナの横をかすめ、後方のテントの支柱に激突する。
そのまま、崩れて動かなくなった。
「な…」
何が、起こっている?
眼前の光景を、すべて理性が否定する。
だが、まぎれない現実が、今度はティナに向かってきた。
抜き身の剣には、滴り落ちる血の雫。
ぴっと払い、彼女を見つめる瞳には、『意思』がなかった。
ただ、茫洋とした行き場のない穴が、彼女を貫いていた。
「っ…」
その瞬間、身体を貫いたのは、言いがたい衝動だった。
ふだん、静かな意思を持っているはずの人間が見せている、無私の瞳。
それは、意思のないダグラスたちの哀しさを思い出させた。
同時に、なぜ彼が、という思いが、抗えない強さで、体中を駆け抜けた。
「っ…――」
悲鳴がこみ上げてくる。
情けないことに、ティナはそれを止められなかった。
ただ、男の剣が、彼女を貫こうと迫るのを、じっと見つめるしかなかった。
凍りついた身体に、鋭い鋼は吸い込まれていく。
切っ先は、彼女の心臓に定められている。
一瞬で間合いを詰めた男の造作を、ティナはただ目で追っていた。
(やっぱり――)
間違いない。
彼だ。
近くに迫った彼を見止めて、彼女は確信した。
どこかで、否定したかった。
だが、それは叶わなかった。
けれど、どうして、彼が――?
「―――――!!」
ようやく身体を起こした相棒が、何かを叫んでいる。
空気が震えている。
そのとき、脳裏に浮かんだのは、あきらめでも恐怖でもなかった。
悲しみだった。
「っ…」
切っ先が彼女に食いこんだ刹那、突風が突然、猛烈な強さで吹き荒れた。
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