Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第一章 すれ違う思い
* * *
「カイオス…どこに行ったのかな」
 ふさふさとした髪を風に揺らしながら、クルスがぽつりと呟いたのは、キルド族たちのテントの間を大方歩きつくした頃だった。
 彼の金髪は、キルド族の中でも際立つ。
 だが、誰も彼の姿を見たものはいなかったし、テントの外れ、人気のない場所に来ても、彼らしい人物を見ることができなかった。
 入日はすでに砂漠の彼方に沈み、茜と藍の間を彷徨いながら、つらつらと眠りかけている。
 急に風が冷えてきた。
 これから過酷な氷点下の夜が来る。
「………そうね」
 ティナもぽつりと頷いた。
 戦いの前にやりとりをしたことは気まずい。
 けれど、さっさと合流して、さっさと晩御飯にありつきたかった。
 死に掛けた砂漠の静けさは、不気味なものがある。
 一刻も早く、温かいご飯と仲間たちのもとに戻りたい。
「あーあ、まったく…」
 世話が焼けるやつね。
 そう、言った彼女の目に、ふと何かの影が過ぎる。
「?」
 思わず視線を上げた瞬間、視界が一転した。
「!?」
 茜の空と、足が地面をこする感覚。
 そして背中に感じた風と浮遊感。
「な…」
 突き飛ばされた。
 そう悟った瞬間、耳が鋼の音を拾った。
 背が砂の地面につっこみ、大きく崩した体制から、ティナは何とか頭だけを持ち上げる。
「え――」
 彼女は目を見開いた。
 クルスが、戦っていた。
 ――金髪の、青年と。
「え?」
 それは、何か冗談のような光景に見えた。
 相棒は――クルスは、誰と刃を合わせている?
 微かに光を弾く金の髪。
 ダグラスか?
 一瞬思った理性を、本能が否定する。
 ――カイオス・レリュード。
 彼だ。
 間違いない。彼だ…!
「なに…? なんで………!?」
 呟いたのと同時だった。
 まるで、悪い寸劇を見ているときのように、場違いに相棒の身体が吹っ飛んだ。
 さして力も込めていないような一撃にして、小柄な少年の身体は、ティナの横をかすめ、後方のテントの支柱に激突する。
 そのまま、崩れて動かなくなった。
「な…」
 何が、起こっている?
 眼前の光景を、すべて理性が否定する。
 だが、まぎれない現実が、今度はティナに向かってきた。
 抜き身の剣には、滴り落ちる血の雫。
 ぴっと払い、彼女を見つめる瞳には、『意思』がなかった。
 ただ、茫洋とした行き場のない穴が、彼女を貫いていた。
「っ…」
 その瞬間、身体を貫いたのは、言いがたい衝動だった。
 ふだん、静かな意思を持っているはずの人間が見せている、無私の瞳。
 それは、意思のないダグラスたちの哀しさを思い出させた。
 同時に、なぜ彼が、という思いが、抗えない強さで、体中を駆け抜けた。
「っ…――」
 悲鳴がこみ上げてくる。
 情けないことに、ティナはそれを止められなかった。
 ただ、男の剣が、彼女を貫こうと迫るのを、じっと見つめるしかなかった。
 凍りついた身体に、鋭い鋼は吸い込まれていく。
 切っ先は、彼女の心臓に定められている。
 一瞬で間合いを詰めた男の造作を、ティナはただ目で追っていた。
(やっぱり――)
 間違いない。
 彼だ。
 近くに迫った彼を見止めて、彼女は確信した。
 どこかで、否定したかった。
 だが、それは叶わなかった。
 けれど、どうして、彼が――?
「―――――!!」
 ようやく身体を起こした相棒が、何かを叫んでいる。
 空気が震えている。
 そのとき、脳裏に浮かんだのは、あきらめでも恐怖でもなかった。

 悲しみだった。

「っ…」
 切っ先が彼女に食いこんだ刹那、突風が突然、猛烈な強さで吹き荒れた。

* * *
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