「じゃあ、お二人とも気をつけてくださいね〜!」
「ああ。あんたらは、王都で待ってな」
「じゃあね〜」
結局、アベルと副船長、そしてティナを残し、アルフェリアとクルスが二人でキルド族の隊を離れることになった。
キルド族は貴重な戦力が失われるのを惜しがったが、副船長が残ることと、護衛料を大幅に値切ったことで、比較的快く送り出してくれた。
地理的に言えば、彼らが向かう滅びの都までは、三日程度。
ティナたちが待機する街――シェーレン王都『アクア・ジェラージュ』とは、反対方向となっている。
「うーん。けども、どうするんですかね。左大臣がいなくなったら、ミルガウスは大変ですよ〜」
二人を見送った後、キルド族のテントに戻ったアベルは、向かいのティナに苦笑した。
副船長は、いなくなった護衛の穴を埋めるために、とりあえずテントの傍を見回っている。
アベルと、二人きりの空間。
だが、何となく言葉を出した彼女には、信じられないほど、あっけらかんとしたあきらめの色があって、ぼうっとしたティナの頭の中にすらも、微かな疑念を呼ぶ。
「あんた…。カイオスがいなくなって、寂しくないの?」
「まあ。それは、そうなんですけど」
どうしようもないことって、あるじゃないですか。
少女の言い切った言葉は、恐ろしいほどそっけなかった。
自分を守ってくれる人間に対して。
抱く信頼が全くないのではないか、と思わせるような。
「――私なんて、どうでもいい存在ですからね」
ぽつりと呟いた少女の呟きを、だが『今』のティナには聞く余裕がなかった。
ただ、呆然と続きを待っていた。
アベルの心ではなく、アベルの言葉だけを。
「そんなに…、どうでもいいの?」
「ええ。お父さまも、お母さまも――みんな、どうでもいいんです。カイオスも、嫌気がさしたんでしょ」
「けど、操られたって――」
裏切ったのは――『彼』の意思じゃない。
――そう…信じたい。
「そうですね」
操られてなくっても、どうでもいいんじゃないですか?
いつになく、王女は自分のことを突き放していた。
それは、『カイオス・レリュード』の不在に対する、彼女なりの悲しみだったのかも知れなかったが、ティナには気付くことができなかった。
「…カイオスは――」
「うん」
「死に掛けた状態で、ミルガウスに来ました」
「…」
「名前も、生い立ちも分からなかったけれど――そんなの関係ないくらい、よくデキた人でしたから。前左大臣のバティーダなんかは大喜びで、絶対に左大臣になってくれって。けど、本人は」
アベルはため息をついた。
それは、砂漠の埃っぽい空気を渡って、深々と響いていった。
「どこか、一線を引いていたんです。まるで、『絶対に』いなくなってしまうって、自分で決めているみたいに。だから、これは、不思議なことじゃないんです」
「…」
「みんな、――私を置いていってしまう」
おにいさまも、おねえさまも。
『優しかった』、お父さまも。
「………」
アベルの寂しさに、ティナは気付かなかった。
ただ、言葉の上っ面だけを、かろうじて聞き取っただけだった。
沈黙がテントに落ちる。
それは、痛いほどの仲間の不在を思い知らされた。
ティナはやがて静かに立ち上がった。
ちょっと外に行ってくる。
そう言い置いて、ティナはふらふらと眩しい日の中に出て行く。
南の国の太陽は、恵みよりも破壊を内包した、禍々しい強さを持っている。
それに目を焼かれながら、ティナはため息をついた。
自分が、アベルについていなければいけないことすら、どこか別のところに行ってしまっていた。
――どこか、一線を引いていたんです。
少女の言葉が、耳を過ぎる。
そういえば、自分の名前すらも、彼は口にしたことがなかった。
まるで、そんな人間『知らない』とでも言うように。
けれど、別に気にならなかった。
変なヤツ。
その程度にしか、思わなかった。
――『今』、までは。
「………」
『彼』の不在が、こんなにも、重い。
ぼうっと、どこなく視線を彷徨わせていたティナの眼前を、砂漠の砂がさらさらと流れていく。
風が、突然、強くなった。
びゅう、と吹き荒れた砂から目を庇い、ティナは一瞬顔を背ける。
「っ…」
再び紫欄の目を上げた彼女の前に、
「あ…」
金髪の男が立っていた。
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