世界は、四つの大陸といくつかの島によってできている。
ミルガウス、ゼルリア、そしてルーラ国という、世界有数の大都市が林立する、第一大陸。
優れた文物を生み出すも、つねに第一大陸の国々の保守的な威圧策に対抗し続ける、アクアヴェイルを中心とした第二大陸群。
そして、のどかに時を刻む、忘れられた大いなる自然の息づく精霊たちの聖地、第四大陸。
その、全ての島々が生み出す、さまざまな交易品が、一堂に集められ交わっていく――それが、第三大陸熱砂の国だった。
島の東北部に存在する唯一の緑野、通称『白の学院』。
世界最高の英知が終結した、その巨大な学問都市は、雄大な山脈、カイザードによって、砂漠との完全な分断をなされていた。
そして、カイザードによって、せき止められた雨雲からの雨水は、地下に流れて砂漠に湧き出し、第三大陸のあちこちに数多の透明な湖を形作っている。
俗にいう、『オアシス』。
その中の、最大の湖。
涸れない恵み、アクア・ジェラード。
水の巫女と称される大魔術師と、水の守り手と言われる女王が、絶対的な秩序の元で、繁栄を築いている。
世界を時計に回るアクアヴェイル発祥の文物と、反時計回りのゼルリアを発祥とする優れた武器が、さまざまな人間とともに入り乱れ、出会う場所。
世界最大の市場。
――だが、恵み豊かな都市には、秘められた悲劇があった。
現在の水の守り手の一族が、王を担う前――。
アクアジェラードと比べ物にならぬほどの、絶大な繁栄を築いた王朝があった。
『永遠の生命泉』『砂漠に咲くダイヤ』と、かつて呼ばれた湖のほとり。
世界の全てを集めたとさえいわれたその都市は、だが、都の維持を担う王家の腐敗により、みるみる涸れ細ってしまう。
王を糾弾した人々に対し、王家は自らの娘を水神への贄とし、その怒りを解くことをを約した。
しかし、実際に贄に遣られたのは、王家と何のつながりもない町娘たちだった。
水神は、腐りきった王家の行いにその怒りを爆発させ、その地の水を根こそぎ奪い去ってしまった。
みるみるなくなり行く水を前に、人々は現在の『アクアヴェラード』へと、次々と移り住んでいく。
だが、王の一族だけはその地を去ることはできなかった。
水神の――生贄にされた女たちの怒りが、彼らをその地につなぎとめ続けたのだ。
王宮の人間たちは、あらゆる手段を講じようとも、決して町の外に出ることはできなかった。
終に、水が一滴もなくなり果てた地で、王家は干からび王族たちは自らのきらびやかな宝とともに、永遠にその地をうろつく亡霊と化したのである。
死に絶えた都。
その土地がそう呼ばれるのに、さして時は要さなかった…
「ちっ…とんだ邪魔が入ったな…」
蜃気楼のごとく大気が歪み、そこから二者の影が吐き出される。
かつて、世界一とも称される繁栄を誇っていた、水の都――今は、その面影すらない。
熱砂の延長に、ただ漫然とそびえる建造物に囲まれて、『意思あるダグラス』は、舌打ちして息をついた。
七君主さまの仰せの通りに、女を再度襲いに行ったものの、結局何も変わらずじまいだ。
廃墟の間を、いらいらと歩きながら、彼は、自身の後ろを黙ってついてくる、同じ顔の男を見遣る。
「…」
あれほど子憎たらしいと思っていた瞳は、今は意思をなくして亡羊と前を見つめているだけだった。
自分の意のままに操ることのできる、『失敗作』という名の人形。
ルーラ国から彼を一度シェーレンに連れて行き、七君主に鉢合わせたとき――
双方の魔力のぶつかり合いには、凄まじいものがあった。
だがその分、『失敗作』である彼は消耗しているはずだ…。
その隙をつき、『幻惑の術』をかけ、そしてあの女を殺めさせろ。
七君主の言葉は、面白いくらいに、的を射ていた。
所詮、七君主さまに楯突くと、『こう』なるのだ。
「無様だな…」
おとなしく、自分に付き従う『失敗作』。
その、意思のない目を見ていると、ふつふつと優越の気分が沸きあがってくる。
にやりと顔を醜悪にゆがめ、意思あるダグラスは、喉の奥でくつくつと笑った。
それは、勝ち誇った勝者の笑みだった。
「ふん…。まあ、どのみち石版があるとなれば、あの女は『ここ』にやってくるだろう。…まずは、別行動の仲間たちを、さっさとヤるか…」
『死に絶えた都』。
彼らがこの都にたどり着くまでに、あと二日ほどはある。
こちらはじっくりと待っていればいい…。
そう、ほくそえんで。
ダグラスはその目を、廃墟の向こうに広がる血の色の夕焼けに向けた。
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