Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
  第二章 死に絶えた都へ
* * *
「!?」
 はっと、反応したのは、ダグラスだった。
 姿の見えない物陰から、こちらを伺う声の主を睨みつけるように見つめて、
「…一旦ひいてやる」
 呟いて、カイオスとともに虚空へと消えていった。
 無関係な人間に、目撃されることは避けたのか。
「………」
 それをおとなしく見送って、ティナは傍らのローブを見た。
「だいじょうぶ…?」
「…」
「ごめん、今まで」
 微かに頷いたローブは、すっと立ち上がる。
 目線で追って、一応小さくティナは尋ねてみた。
「回復魔法…いる?」
「必要ない」
「そっか」
「王女は」
「えっと…ごめん、テントで一人………」
「――」
 その、ティナの言葉を聞くと、ジェイドはさっとローブを翻して歩いていってしまう。
 剣に裂かれたローブが、すれすれに翻る乾いた熱砂――その、地面に落ちる血の染みの跡を、唇をかみ締めて見ながら、ティナはその背を見送った。
 そして、すれ違うように、人影が現れる――。
(―え?)
 一瞬、どきりとした。
 その面影は、ティナの良く知る少年と、酷似していた。
(クルス?)
「うわー、えらい血やなー」
 大丈夫なんかいな、と。
 そう呟きながら現れた少年は、ティナとそう変わらない年に見える。
 茶色の髪、そして、黒い瞳。
(違う…)
 キルド族の語調。
 しかし、彼らとは明らかに違う色彩に、ティナは目を瞬かせた。
 声からすると、先ほどの戦いに声を掛けた人間なのだろうが――。
「えっと…誰?」
「おねーさん、初めましてやなー。護衛の人やろ? めっちゃ強い護衛雇ってたんは、知ってたんやけど今まで、あいさつできへんかって」
「まあ、二百人の隊列だし、ね」
「何してたん? あのおにーさん、えらいケガしてはったけど」
「…まあ、ちょっとあってね」
「魔物に襲われたんかいな」
 ――この様子だと、先ほどの戦いの詳細までは、見られていなかったらしい。
 物音が聞かれただけだったか――。
「まあ、そんなこところよ」
「砂漠の魔物は、容赦ないねんな」
 肩を竦めた少年は、おどけた仕種で傍の木にもたれかかる。
 南国の実を吊り下げた乾いた幹が、ぎしりと微かに揺れた。
「そういえば、知ってるか?」
「なに?」
「死に絶えた都の噂」
「っ…」
 死に絶えた都――その名を聞いた瞬間、血が沸き立つような思いがした。
 ――凍りつくような、思いも。
「あそこが、なに?」
「最近な、あそこの宝を狙って忍び込む、ろくでもないにーちゃんからの情報なんやけど」
 意味深に笑って、彼は瞳を閉じる。
 さやさやと風が吹いた。
 照り返しの太陽の光が、濃い葉の影を地面に揺らめかせていた。
「あの都――まあ、成り行きからして、よくないやんか。それが最近輪をかけて、あぶなくってなあ…。変な結界…みたいなんが働いて、ヒトを惑わすらしいで」
「…」
「護衛の兄ちゃんらも、隊を抜けてそこにいきはったんやろ? よう分からんけど、急な用事みたいやったそうやな…。けど、無事にいけるかどうか…」
「そう」
 『変な結界』。
 七君主の力――。
 まあ、アルフェリアとクルスは、大丈夫だろうが…――
「七君主といえば…アレントゥムのときはすごかったな」
 少年は、話の続きでさらりと話題を変えた。
 すんなりと頷きかけたティナは、はっと目を見開く。
 アレントゥムの時は…すごかった…?
「えっ………と」
「せやけど、ねーちゃんもすごかったわ。あんなヤツ、ぶっとばすんやもんなー」
 どきん、と心臓が高鳴った。
 何で、知ってる…?
「光と闇の陵墓…。そこに現れた不死鳥の光の奇跡は」
 彼女の良く知る相棒に似た、底知れない少年は、さらさらと語り聞かせた。
 縛られたように動けないティナの耳に、それはさらさらと入ってきた。
 砂漠の砂が、風に吹かれていくように。
「オレらキルド族だって、見てた。けど、オレはそん中でも、特等席や」
「…」
「クルスに伝えといてくれる? キルド族の『ナナシ』が会いたがってる、て。『約束』果たしに…いくから、て」
 キルド族の『ナナシ』。
「…」
「じゃあな」
 動けないティナの前から、少年は去っていった。
 その背が砂漠の蜃気楼に紛れた頃、やって彼女は息をつく。
「なんなの…」
 こんなときに、また。
 気が散るようなことを、知りたくはなかった。
 だが、そう――。
 今は、目の前のことだけを考えよう。
「キルド族のナナシ」
 その名を刻み込むように、ティナはゆっくりとかみ締めた。
 それを最後に、意識を切り替える。
「さって…」
 今から、どうしよう。
 キルド族の隊列のまとめ役に会って、護衛の契約にケリをつけて、それから――
「一刻も早く」
 砂漠の国、死に絶えた都に行かなければ。
 そして――
「………」
 ティナは拳をにぎりしめた。
 温度のない瞳を。
 自分を殺そうと、剣を向けた無私の瞳を。
 無理やり頭から締め出した。
「待ってなさいよ…」
 七君主。
 今度こそ、自分の力で決着をつけて、やる。
「…」
 すっと視線を上げると、もう彼女は迷わなかった。
 そのまま、歩いていく砂漠の上には、ぽっかりと抜けた雲ひとつない青空が、なみなみと横たわっていた。
 その先へ。
 続いていく、その先へ――。
 『死に絶えた都』への道を、見据えながら、彼女はすっと息を吸い込んだ。
 あふれ出る、とめどない不安を――夢の『情景』を押し込めて。
 握り締めた拳は、もう震えてはいなかった。

* * *
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
Base template by WEB MAGIC.   Copyright(c)2005-2015 奇術師の食卓 紫苑怜 All rights reserved.