Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第三章 それぞれの思い 
* * *
「しかし、クルスよ」
「なになに? アルフェリア」
「お前、一体なんなんだよ」
「何が〜?」
「…」
 果てなく地平線まで見渡せる荒野。
 荒れ果て、干からびた永遠の死地をさくさくと進みながら、黒髪の将軍――アルフェリアはそのうだる熱気にため息をつきながら、隣りの小柄な影を見遣った。
「どうしたの〜?」
「いやな…」
 うにゅー?っと見上げたふさふさの髪の少年は、心底不思議そうだ。
 その手には、南国の果物がしっかりと握られている。
 食欲も失せる蜃気楼の嵐の中で、何が嬉しくてそんなにも食べ続けられるのだろう。
「アルフェリアも、食べたいの〜?」
「食べたかねーよ。こんなクソ暑い中…」
「食べないと、いらいらするよ〜」
「おー、そりゃ大変だなー」
 完全に他人事の返事をして、アルフェリアはふぅ…っと息をつく。
「相棒が心配じゃねーのかよ」
 ぽつりと思わず呟くと、ちらりと視線がこちらを掠める。
 こちらもちらりと少年を見下ろすと、少年はもぐもぐと口を動かしながら、真剣な目で自分を見ていた。
「心配だよ」
「ほー」
 聞かれているとは、思わなかった。
 それほどに、小さな声だった。
(耳ざといヤツ)
 子供にしては、随分と。
 そう――それに、随分と、戦い慣れをした人間だとも思う。
 将軍であるアルフェリアや、ふてぶてしい雰囲気を携えたあの左大臣とはまったく違う。
 普通の少年であるはずのクルスは、魔物におびえたそぶりを、全く見せたことがなかった。
 さらに、ゼルリア将軍である自分が、戦いにおいて足手まといにはしない程度の、戦闘能力も備わっている。
 アルフェリア自身が、十歳ほどだったときはどうだっただろうか。
(やっと、剣――持ち始めたころかな)
 その頃は、ジュレスは父や母や――そして、もう一人の『姉』とともに、楽しくやっていた。
「…」
 ――そして、…。
 『現在』は、傭兵暮らしを経て、雇われの身だ。
「………。お前、そういや、身寄りは?」
 自分の過去に馳せた思いの切れ端が、脈絡のない言葉を呟かせた。
 クルスは、うー? とこちらを見た。
 純粋な目が、ぱちぱちと瞬いた。
「え、兄貴が一人、いるよ」
「へー。そいつ元気なのか?」
「うーん。元気なのかは分からないけど…」
「…」
「少なくとも、『生きてる』ことは、確かだね」
「…そうかい」
 瞳は純粋だったが、笑っていなかった。
 クルスはそれきり、しゃりしゃりと果物の続きに戻ってしまう。
 それは、相棒のことを考えているというよりも、どこか別の遠くを、想っているようだった。
「ティナは…」
「うん」
「オレと会う前、何してたかは知らないし、オレも全然聞いたこともないし」
「…」
「オレのことも話したことなかったから、そんなこと聞かれたのは、始めてかな」
「そうなんかい? あんたらお互い、何でも知ってそうな感じだったが」
「そんなこと、ないんだよ〜」
 のんびりとクルスは伸びをした。
 皮まできれいに食べ終わった果物を捨て、そして次のを取り出した。
 まぐまぐと、再びそれに歯を当てる。
 何個持ってんだ、お前、と。
 横目で呆れたアルフェリアは、そのまま話題を変えた。
 ティナとクルスの意外な関係を、掘り下げようとは思わなかった。
「それはそうとだな」
「う?」
「あんたの大事な相棒を狙ってる、ろくでもねー金髪男だが」
「カイオス?」
「まあ、あのローブのいうとおりだとして、操られてるのをどうやって正気にすっかな?」
「うーん」
 自分も答えの出ないその問いを、クルスに投げると少年もうなだれてしまった。
「ジェイドは、じゅつしゃを倒せば、いいって言ったよねー」
「術者って、七君主ってヤツだろ?」
「うんっ」
 大丈夫だよ! 何とかなるよ、と少年は無邪気に言い切る。
 おいおい、ありえねーとアルフェリアはため息をついた。
 七君主だぞ? 無理だろ、とは、さすがに将軍の立場では声にも表情にも出さなかったが。
「…」
 世界を分断する闇の石版が、かつて砕け散ったとき――それが再び集う間に、それぞれの欠片に宿った負の大意思『七君主』。
 その存在は自然の摂理を歪め、禍々しいほどのその力は、『人間』では決して抗えないと――
「…ティナって」
ぽつりとこぼれた言葉は、恐ろしいことに、無意識だった。
「何者なんだ?」
「え?」
「普通、ありえねーよなあ? 七君主とサシでやりあうなんて」
「けど、属性継承者だよ?」
「『人間』の、属性継承者と、魔族だぞ? 魔力とか、違いすぎるんじゃね?」
「でも、ティナは勝ったから…。やっぱり、属性継承者は違うんじゃないかなあ…」
「…」
 そうかもな、と。
 彼には言うしかなかった。
 そうなると、カイオス・レリュードの裏切りで気を落とした彼女をおいてきたのは、微妙に失敗だったか。
 『魔』の大君主に、人間の『剣』が通じるとは思えない。
 彼は、特に勝負で逃げることはしなかったが、『勝てない』勝負をするほど、バカではなかった。
「…」
 考えにふけって無言になるアルフェリアに、クルスがさりげなく囁く。
「オレは…ティナを、信じてる」
「…」
「絶対、大丈夫だよ」
「………」
 何でこいつはまた…とアルフェリアは、内心ため息をついた。
 仮にもゼルリアの将軍職にある自分が、たかだか十才程度の少年に心をはかられるとは。
「………。…まあ、とにかく、ぼちぼちいくか」
「うん!」
 胸中の葛藤はおくびにも出さず、彼はそ知らぬ顔で続ける。
「順調に行けば…」
 あと二日。
 あと、二日でたどり着く距離。
「…」
 やれ、七君主だの、同盟国の左大臣だの――。
 そういや、七君主とあの左大臣は一体どんな関係なんだ。
 アレントゥムの遠征以来、ロクなヤツ、相手にしてないな、と。
 さまざまなことが、胸中を通り過ぎて行く。
 照りつける常夏の太陽が、その思考を遮る。
 ――暑すぎだっての。
 ため息混じりに胸中で呟いて、アルフェリアは果てない砂漠の、その果てをぼんやりと見据えた。

* * *
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