Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第三章 それぞれの思い 
* * *
「だーーーっ! 暑いわねっ」
 こちらは、クルスたちの後を半日遅れて追っている、ティナたちである。
 延々と続く砂漠に、夏ばて気味のアベルや、どんな時でも無感情に無言な副船長が、口を閉ざしている最中、どこか吹っ切れたティナは、いつもよりも口数が多かった。
「ゼルリアなんて、凍えるくらいだったのに。さっすが、常夏の第三大陸ねー」
「ティナさん、…元気ですねー」
「んー。まあ、ねー」
 暑くて死にそうなアベルの、弱々しい呟きに、彼女はけろっとした表情で応対した。
「『火の属性継承者』だから、ちょっとは暑さに耐性あるし」
「そ…それは、とても、羨ましいです」
「そんなこともないわよー。ゼルリアなんかにいくと、逆に凍え死にそーだもん。寒さには、人一倍弱いみたいで」
「そうなんですか…。わたしは、今死にそうです…」
 ふはーっと息をついて、アベルは汗をぬぐった。
 強すぎる日差しのために、副船長と同じようにローブをまとった彼女は、フードを上げながら、ぽつりと呟く。
「オアシスが…もっといっぱいあったら、いいんですけどっ」
「そーね。ただ、シェーレンだって砂漠ばっかじゃないのよ」
 カイザードと言う名の、巨大山脈を隔てた島の東北部は、そこだけ豊かな緑野が広がっている。世界中の智が終結した『白の学院』も、そこに存在していた。
 ちなみに、俗に三賢者と言われる、元アクアヴェイル官僚『ダグラス・セントア・ブルグレア』、シルヴェア国左大臣『バティーダ・ホーウェルン』、そして『ジーク・F・ドゥラン』の三者は、三者ともにこの学院の出身であり、堂々たる主席保持者だった。
 現在では、ミルガウス国左大臣補佐の『ダルス』が、一番の学業を修めた人物として、名高い。
「知ってますよー。『白の学院』の辺りでしょ?」
「そう。まあ、砂漠地帯でも、首都のアクア・ジェラードなんかは、緑が結構多いわよね」
「『死に絶えた都』も…昔は、豊かだったって聞きますけど」
 荒れ果てた砂漠に点在する恵みのオアシスは、島の北東部に位置する巨大な山脈『カイザード』によって、雨雲がせき止められ、山すそに降り注いだ雨水が地下に流れたものが、あちこちに湧き出したものだという。
 だから、水が涸れることもあるし、そうなれば当然、豊かな水を求めて人々は移住せざるをえない。
 『不変』の『安住』は、彼らの悲願であり、『死』と隣り合わせのこの土地で、自然と『水』を巡って絶対的な階級が、厳然と存在するようになった。
 世界中から集まる全ての文物は、商人との『契約』によって取引され、その利益に対しても、厳密な王家の搾取が、権利づけられている。
 『生命』の源である『水』――そのの守り手である王家は、階級の頂点に君臨し、絶対的な権力を持っていた。そんな事情もあって、シェーレンの王族には、同じかそれ以上の国の王族、重臣でしか、会うことはおろか、謁見すらできない。
 ミルガウスやゼルリアとは、えらい違いだった。
 だが――その、王族たちですら、『道』を誤ると、永遠の呪縛――解けない呪いを振りかけられてしまう。
 『死に絶えた都』――。
 この地を、かつて治めていたものたちのように。
「『死に絶えた都』…かあ。苦手なのよねえ、あそこ」
「そうなんですか?」
「だって、呪われた王家の人間が、昇天できずに、ごろごろしてんのよ?」
「別に、ごろごろしてても、いいじゃないですか…」
「よくないわよ!」
「ひょっとして、ティナさん…そういう幽霊とか、苦手なんですか?」
「そんなのどうでもいいでしょ! ただ、不気味ってか…感じがよくないだけよ!」
「…」
 じとーっとしたアベルの視線から逃げるように、ティナは決まり悪そうにそっぽを向いた。
 意地悪くそちらを見続けていたアベルは、それ以上言わず、ふうっと息を吐く。
 汗を拭って、疲れたようにひとつ首を振った。
 王女な彼女は、やはりキツいのだろう。
(やっぱり、町においてきたほうがよかったかな…)
 だが、今回ばかりは、多少の無理をしてもらわざるをえなかった。
 副船長に、ティナ・カルナウス。
 ――七君主を相手にしては、どちらの戦力も必要だったし、先行したクルスたちに追いつくためには、町に寄っている時間もない。
「アベル…ちょっと、休憩する?」
 せめてもの思いから、そういうと、彼女はにこっと笑う。
「大丈夫ですよー。まだまだ、イケます!」
 それでなくっても、ゆっくり進んでいますからね、と。
 彼女は言って、もくもくと足を動かし続ける。
 そんな彼女には、あえて何も言わず、ティナは目線を転じた。
 話をする二人から、一人黙って距離をとる副船長に、さりげなく並ぶ。
 あれから。
 ――ティナが落ち込んでいるときに、再びダグラスたちの急襲を受け、副船長が自分を庇ってくれたときから。
 彼女は、彼と話をしてはいなかった。
 ただ、キルド族の護衛の話にケリをつけ、『死に絶えた都』を目指すティナたちに、黙ってついてきている。
 あのときに負ったはずの怪我は、もうその動作のどこからも、感じ取ることはできなかった。
 滴るほどに傷ついたことから考えると、ありえないほどの回復の早さ――それも気になっていたが、もう一つ気になることがある。
 ずっと。
 どうして――彼はついてきてくれるのだろう。
「ケガは…もう、いいの?」
 ぼそりと語りかけると、彼はふと首を傾けるような仕種をした。
 反応は薄い割りに、別に拒絶する風でもない。
 今も。
 薄い唇は、囁くように問いに応えた。
「問題ない」
「そう」
「あんたは、あの男を元に戻すことだけ、考えていればいい」
「…」
 囁かれた青年の言葉が意外で、ティナは思わず傍らを見上げた。
 相変わらず、絵画的に顔の輪郭しか見えない男は、中性的な声をぽつぽつと落とす。
「それに、七君主を倒せるのは、たぶんあんただけだ」
「…うん」
 『七君主を倒せるにのは、たぶんあんただけだ』、と。
 副船長の言葉は、切実に彼女に届いた。
 副船長は、強い。
 先ほどからの戦いでは、意思あるダグラスとカイオス・レリュードに、さすがに遅れを取っていたが、個人的な剣の技能からすると、カイオスやアルフェリアとほとんど遜色ない。
 それどころか、魔法の方も自分と互角に扱う。
 総合的な力は、ひょっとしたら一番なのかも知れない。
 そんな、自分よりも、確実に上の相手に、認められた。
 そう、思えた。
 アルフェリアや、カイオスも、自分の戦闘能力――とりわけ、魔法には信を置いてくれている。
 だが、剣ばかりでない、魔法力も随分と高い彼に――それも出会い頭で試すような戦いをする人間に――その言葉をもらえるのは、こんな状況であっても、驚くほど素直に嬉しかった。
 ひょっとしたら、こんな状況で多少とも気を使ったのかも知れなかったが。
「意外と、いいやつね、あんた」
 くすりと笑って囁けば、予想通り果てない沈黙が返ってくる。
 だが、そんな彼に、戦闘ばかりでなく、今ばかりは精神的にも多少助けられているのも事実で。
「…」
 唇を引き結んで、ティナは前を見据えた。
 カイオス・レリュード。
 七君主の手先。
 一度はそれを裏切りながら、ミルガウスにたどり着き、左大臣となった後、再び七君主の言うままに石版を持ち出す。
 だが、アレントゥム崩壊の後には、さらに寝返ってティナたちの味方をしてくれた。
 そして今また――。
 七君主の意のままに意思を亡くした彼は、ためらいなくティナへと剣を向けた。
 彼の本意は知れない。
 だが――。
 操られた彼を、正気に戻すことができたら――。
(ちゃんと、聞けるかな)
 自分にだって、知られたくないことくらいあるし、彼の全てを知ろうとか、踏み込もうとか、そんなことは思わない。
 けれど、一緒に旅を続けていくのに必要な、最低限の『信頼』は手に入れることができるだろうか…――。
「………」
 そのとき、胸に浮かんだ不吉な『未来』の幻を、彼女は、苦労して頭の中から閉め出した。
 今は、前だけを見据えていればいい。
 『夢』は――あの、『幻』は、所詮、幻に過ぎないのだ。
 そう――、信じ込んで。
(死に絶えた、都…)
 不吉な予感から逃れるように、彼女は思考の先を変えた。
 『死に絶えた都』には、かつての王家の人々が、自らの腐りきった行為の所為で、天に召されることのないまま今なおさまよっているという。
 命の源である水が涸れ行く最中にも、王家の人々は街を捨てることができなかったのだ。
 そうして死に絶えた彼らの怨念は、数多の死霊をひきつけ、町全体がひとつの魔物の巣窟と化している。
 果てない恵みといわれた都市が、王家の腐敗とともに朽ちていった、悲しみの成れの果て。
 王家とともに町に取り残された財宝を巡って、都はたびたびならず者に蹂躙される。
 だが、そこに存在していたかつての聖なる『力』と、そこに満ちる邪悪な魔物たちの『力』のせいで、魔法の磁場は歪み、なかなかに探索は進んではいなかった。
「………」
 シェーレン国『死に絶えた都』。
 その悲劇の舞台に待つものを、彼女はまだ、知らなかった。

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