Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第四章 過去の少年の声 
* * *
――???



「昔話をしようか」

 深遠のような暗闇が、そこにはただ佇んでいた。
 向かい合う男と少年。
 一方は、金の髪と理知的な青い瞳を持った、壮年の男性。
 一方は、赤い髪と無邪気な赤い瞳を持った、若年の少年。
 二人は、深々とした静寂の中で、ただ見つめ合っていた。

「ダグラス・セントア・ブルグレア」

 少年の口が、くすくすと笑っている。
 向かい合う男をあざ笑うように。
 その全てをあざ笑うように。

「もう…十年も前の話だね。君が僕を召喚したのは。君はアクアヴェイルの宰相をしていて、そしてすごく焦燥に駆られていた」

 少年は、くすくすと笑っている。
 男は、黙って聞いている。
 それは、静かに深遠に飲み込まれながら、しかし確かに男に届いていた。

「君の息子が、人質に遣られ、屍になって帰ってきた。そして、君は、願った。唯一つのことを。僕は、かなえた。唯一つのことを。そして、その果てに、僕は、『僕の』望みである『世界を滅ぼす』夢を、実現しようとしている。アレントゥムでは惜しかったよ。あの女に邪魔されちゃってね…。けれど、もうすぐ終わる。
 君の『息子』が終わらせる。
 ――失敗作が」

 人間なんて、失敗作だよね、と。
 ふふふ、とその口が微笑む。
 感情なきものとして、永遠に純粋なるものとして、神に望まれ作り出された地上の主たち。
 だが、天使と悪魔が争った天地大戦に巻き込まれ、負の感情と正の感情を獲得した。
 そして、そんなくだらない『感情』に流されて、ろくでもない争いを繰り返す。
 血で血を洗うのは、『人間』だけだ。
 他のどんな生物も、今やそんな愚を犯しはしない。
 失敗作。
 そして、彼も。
 自分の目の前に佇んでいるダグラス・セントア・ブルグレアも。
 自分の愚かな『感情』に身を焦がし、そして。
 今は、『ここ』で生き殺しの身だ。

「君の『息子』を操って、あの女を殺させる。――人の子が、『人』の希望を殺すんだ。助かったよ。君が僕を召喚してくれて。人の世を動かすのは――石版に干渉出来るのは、もはや『人』だけだ。その、『人』が望まなければ、僕は決してこんなことを画策はできなかったからね」

 愚かだね、ダグラス。
 そう、七君主は告げた。
 君が、世界を滅ぼすんだよ。
 君の、愚かさが。

「………」

 くすくすと笑う彼は、どのくらいこの言葉を男に突きつけてきただろう。
 だが、一度として、男は何も言い返すことはしなかった。
 ただ、黙って捕らえられている。
 この、悠久の時に。
 無限の地獄に。

「…ああ、そろそろ行かなきゃ。『ダグラス』が呼んでいる」

 ふふ、と笑って、彼は男に背を向けた。
 いつものように、男はどこまでも無言だった。
 そんな彼にいつものように嘲りの笑みを向けて。
 少年は、意識を『現実』へと浮上させていった。


「七君主さま」
 自身の快挙に胸を震わせながら、ダグラスは跪いていた。
 恭しく頭を垂れ、その言葉を待つ。
 アレントゥムや、ルーラでは、失態続きだった。
 七君主一の僕であるはずなのに、情けない。
 その、不名誉を返上するための働きとしては、今回のものは、なかなかうまくいっているのではないだろうか。
 あの、失敗作の弱まった不意を突き、幻惑の術をかけることに成功。
 さらには、不死鳥を操るあの憎い女の仲間までも、二人捕らえたのだ。
「仰せのままに、死に絶えた都の侵入しようとした二人を捕らえました。傷の手当てを施し、地下牢につないでおります」

 ――フゥン。

 七君主は、ふっとその赤い目をダグラスに向けた。
 そうして、紡ぐ。

――ヨク ヤッタネ。アイツラハ、殺シチャ イケナイヨ。ソノ目デ、仲間ガ殺シ合ウトコロヲ 存分ニ見テモラオウ。

「ははっ」
 七君主の言葉を聞いたダグラスは、満足げに頷いた。
 さすが七君主さまだ。
 確かに、仲間たちが殺し合うさまを見せ、それから命を奪ってしまうのもいい。
 七君主は、そんな彼に、さらに言葉を与えた。

――マダ 油断シチャ イケナイヨ。コレカラ、アノ女ガ ヤッテ来ルンダカラネ。ココカラガ 本番ダ。

「は」
 深く頭を垂れ、彼は心から頷いた。
 そうだ、まだだ。
 本番は、これからだ。
「仰せのままに…」
 おそらく遠からず、女はここにやって来るだろう。
 そのときが本番だ。
「くくっ…」
 自身も下卑た笑いを口の端に浮かべながら、彼は君臨の間を後にした。
 その後に待つ、勝利の確信に酔いしれながら。

* * *
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