――???
「昔話をしようか」
深遠のような暗闇が、そこにはただ佇んでいた。
向かい合う男と少年。
一方は、金の髪と理知的な青い瞳を持った、壮年の男性。
一方は、赤い髪と無邪気な赤い瞳を持った、若年の少年。
二人は、深々とした静寂の中で、ただ見つめ合っていた。
「ダグラス・セントア・ブルグレア」
少年の口が、くすくすと笑っている。
向かい合う男をあざ笑うように。
その全てをあざ笑うように。
「もう…十年も前の話だね。君が僕を召喚したのは。君はアクアヴェイルの宰相をしていて、そしてすごく焦燥に駆られていた」
少年は、くすくすと笑っている。
男は、黙って聞いている。
それは、静かに深遠に飲み込まれながら、しかし確かに男に届いていた。
「君の息子が、人質に遣られ、屍になって帰ってきた。そして、君は、願った。唯一つのことを。僕は、かなえた。唯一つのことを。そして、その果てに、僕は、『僕の』望みである『世界を滅ぼす』夢を、実現しようとしている。アレントゥムでは惜しかったよ。あの女に邪魔されちゃってね…。けれど、もうすぐ終わる。
君の『息子』が終わらせる。
――失敗作が」
人間なんて、失敗作だよね、と。
ふふふ、とその口が微笑む。
感情なきものとして、永遠に純粋なるものとして、神に望まれ作り出された地上の主たち。
だが、天使と悪魔が争った天地大戦に巻き込まれ、負の感情と正の感情を獲得した。
そして、そんなくだらない『感情』に流されて、ろくでもない争いを繰り返す。
血で血を洗うのは、『人間』だけだ。
他のどんな生物も、今やそんな愚を犯しはしない。
失敗作。
そして、彼も。
自分の目の前に佇んでいるダグラス・セントア・ブルグレアも。
自分の愚かな『感情』に身を焦がし、そして。
今は、『ここ』で生き殺しの身だ。
「君の『息子』を操って、あの女を殺させる。――人の子が、『人』の希望を殺すんだ。助かったよ。君が僕を召喚してくれて。人の世を動かすのは――石版に干渉出来るのは、もはや『人』だけだ。その、『人』が望まなければ、僕は決してこんなことを画策はできなかったからね」
愚かだね、ダグラス。
そう、七君主は告げた。
君が、世界を滅ぼすんだよ。
君の、愚かさが。
「………」
くすくすと笑う彼は、どのくらいこの言葉を男に突きつけてきただろう。
だが、一度として、男は何も言い返すことはしなかった。
ただ、黙って捕らえられている。
この、悠久の時に。
無限の地獄に。
「…ああ、そろそろ行かなきゃ。『ダグラス』が呼んでいる」
ふふ、と笑って、彼は男に背を向けた。
いつものように、男はどこまでも無言だった。
そんな彼にいつものように嘲りの笑みを向けて。
少年は、意識を『現実』へと浮上させていった。
■
「七君主さま」
自身の快挙に胸を震わせながら、ダグラスは跪いていた。
恭しく頭を垂れ、その言葉を待つ。
アレントゥムや、ルーラでは、失態続きだった。
七君主一の僕であるはずなのに、情けない。
その、不名誉を返上するための働きとしては、今回のものは、なかなかうまくいっているのではないだろうか。
あの、失敗作の弱まった不意を突き、幻惑の術をかけることに成功。
さらには、不死鳥を操るあの憎い女の仲間までも、二人捕らえたのだ。
「仰せのままに、死に絶えた都の侵入しようとした二人を捕らえました。傷の手当てを施し、地下牢につないでおります」
――フゥン。
七君主は、ふっとその赤い目をダグラスに向けた。
そうして、紡ぐ。
――ヨク ヤッタネ。アイツラハ、殺シチャ イケナイヨ。ソノ目デ、仲間ガ殺シ合ウトコロヲ 存分ニ見テモラオウ。
「ははっ」
七君主の言葉を聞いたダグラスは、満足げに頷いた。
さすが七君主さまだ。
確かに、仲間たちが殺し合うさまを見せ、それから命を奪ってしまうのもいい。
七君主は、そんな彼に、さらに言葉を与えた。
――マダ 油断シチャ イケナイヨ。コレカラ、アノ女ガ ヤッテ来ルンダカラネ。ココカラガ 本番ダ。
「は」
深く頭を垂れ、彼は心から頷いた。
そうだ、まだだ。
本番は、これからだ。
「仰せのままに…」
おそらく遠からず、女はここにやって来るだろう。
そのときが本番だ。
「くくっ…」
自身も下卑た笑いを口の端に浮かべながら、彼は君臨の間を後にした。
その後に待つ、勝利の確信に酔いしれながら。
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