Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第四章 過去の少年の声 
* * *
――シェーレン『死に絶えた都』???



「っ…」
 ひんやりと――そして、どこか湿った空気を感じ、アルフェリアはふと目を開けた。
 ぼんやりとした視界に、無骨な岩肌が映る。
「………」
 腹の辺りが、随分と重い。
 そりゃそーだ、まともに入ったからな、と。
 ぼんやりと考えて、――はっとアルフェリアは目を見開いた。
 そうだ、やたらと反則的に強かったカイオス・レリュードに一発当てられて――
「クルス」
 どうなったんだ。
 あの傷は、致命傷だ。
 ばっと起き上がって、彼は素早く辺りを見回した。
「………」
 一方の壁には、がっちりとはめられた鉄格子。
 そして、その壁のもう一方――。
 視線を投じた先に、ぐったりと投げ出された少年の姿がある。
 呼吸は――規則正しい。
(生きてるか…)
 それどころか、ケガをした様子も消えている。
 どのくらい気絶していたのかは分からないが、そんな短時間で治る怪我ではない。
 おそらく、誰かが『わざわざ』手当てした――それも、瀕死の傷をあそこまで完璧に。
「…副船長でも来たのか…?」
 回復呪文といえば、いやでもあの根暗な男が浮かんでくる。
 しかし、もし彼がここに来たならば、――こうして自分たちが岩の牢に転がっている意味が分からない。
 味方が来たわけではないのだ。
(じゃあ…)
 味方ではないとしたら、敵か。
 しかし、だとしたら何のために、わざわざ敵が自分たちの傷を癒すのだ?
「………」
 眠りこける少年は、すやすやと寝入っている。
 よだれに交じって世界の料理の数々が、寝言で飛び出している。
 幸せなことだ。
 その反対側――何とか、抜け出せないか、とその鉄の檻に近づいた彼は、そこで見知った人影を見た。
 見た瞬間、鼓動がはねた。
「…カイオス・レリュード」
 ごつごつとした岩に佇むように、彼は立っていた。
 見張りなのだろうか。
 死んだような目は、いつもの静かな意思を全く感じさせない。
 ただ、佇んでいた。
(――『見れば分かる』、か)
 副船長が、そう言っていた。
 キルド族のテントにいたティナが、襲われた直後。
 『七君主』による幻惑の術をほのめかした彼の言葉を、アルフェリアは鵜呑みにしなかった。
 裏切った可能性もある――そういった彼に対し、副船長が言った言葉。
(確かに、みりゃ分かる)
 裏切る裏切らないどころか、本気で、操られているようにしか見えない。
(あの男が…)
 珍しいものを見た気分だった。
 ――捕らわれた身で、そんな悠長なことを言っていられる場合ではないのだが。
「何だよ、左大臣。いいザマだな」
 挑発的に声を掛けてみる。
 反応はない。
 まるで、それこそ副船長を相手にしているときのように、彼は何ひとつ身動きすらしなかった。
 構わずアルフェリアは続ける。
 なんだかんだで、言いたいことは溜まっていた。
「てめー、三ヶ月で石版集めるとかほざいて、結局『そっち』側かよ。そうやって、裏切るんだな。アクアヴェイル人かミルガウスの味方なのかもはっきりしねえ。石版は持ち出す…――半端なてめーらしいよ」
 先ほどの戦いで気圧されたのが、悔しかったのもある。
 腹を割って、話す機会がなかった分、もうとめどなく出てくる言葉は、容赦がなかった。
「何とか…言い返してみろよ…。何とか、言ってみろっつってんだよ!!」
 しかし。
「………」
 相手は、本当に何も聞こえないないかのようだった。
 まともに聞いていたら、間違いなく激昂ものだったが――。
 彼は、まるで微風が吹きぬけたかのような顔で、変わらず立っていた。
 一方で、言うだけ言い切ると、アルフェリアは口を閉ざす。
「…ちっ」
 舌打ちをして、改めて現状を見遣った。
 なんだかんだ言って、鉄の檻に閉じ込められたこの現状。
 どうしようもない徒労感だけが、湧き立ってくる。
 そこに。
「………」
 微かな足音を聞きつけて、アルフェリアは耳を済ませた。
 岩肌を伝って、ここまで響く音。
 それが、だんだんと迫り、やがてカイオスと同じような影が、眼前に現れる。
「目覚めたか」
 その男を見た瞬間、もの凄まじい違和感が、アルフェリアを襲った。
 何から、何まで。
 並ぶ二人のアクアヴェイル人は、そっくりな出で立ちだった。
 金の髪。青い瞳――。
 だが、一方は、死んだように無反応。そして、もう一方は、にやにやとした目に付く優越の表情を惜しげなく撒き散らし、こちらを見下すように睥睨している。
 腹に据えかねる視線だった。
 シェーレンで邂逅したときや、砂漠でやりあったときは、戦闘の最中ということもあって、ここまでは気にならなかった。
 改めてそれを感じると、迎える視線も自然に鋭くなる。
 牢の中と外。
 二つの視線が、しばし、相対した。
「…ふん…いいザマだな」
「あんた、誰だよ」
「お前に教える義理などない」
 小憎らしげに鼻を鳴らす。
 その態度もまた、彼を煮えたぎらせた。
 思わず立ち上がり、真っ向からその視線を見返す。
 音さえ立ててぶつかりそうな眼光の応酬が、二人の間をしばし行き交った。
「お前達は、生かしておいてやる」
 見合うことしばし。
 じっとこちらの目を覗き込んだ金髪が、その自信を揺らがすことのないままに、居丈高に告げる。
「あ?」
「そのために、そこのガキのケガも治してやった。七君主さまの温情だ」
「七君主…」
 アルフェリアの視線が、険しくなる。
 これも、副船長の示唆したとおりだったが、やはり、バックにいたのは、七君主だったらしい。
 アレントゥム自由市を吹き飛ばした張本人――。
 ろくでもないのが、関わってしまったものだ。
 しかし、だとするとこの左大臣との関係は――?
「今から、七君主さまのすばらしいショーが始まる。お前達は、生き証人だ」
「…」
 考えるアルフェリアを傍に、男はどこまでも尊大だった。
「不死鳥を操る娘が、あと少しで到着する。そうすれば――」
 そのときこそ、本当の『悲劇』が起こるのだ。
 そして、再び七君主による魔王の復活も行われるだろう…!!
「な…!!」
 その、言葉に。
 恭しげに陶酔した男が、述べる言葉に。
 アルフェリアは思わず息を呑んでいた。
 不死鳥を操る娘――ティナが、こちらに向かっている!?
 それを――自分たちのときと同じように、ヤツら二人がかりで待ち伏せるつもりか。
(分が、悪すぎる)
 戦力的なことを考えれば、ティナだけでなく副船長も向かっている可能性は高い。だが、同時に戦闘においては完全にお荷物のアベルもいることだろう。
 そんな状態で、空間を操るこの男と、やたら反則的に強いカイオス・レリュードを相手に迎えろというのか。
「………」
 血走った目で見据えた相手は、余裕の表情を崩そうとしなかった。
 やがて、カイオスを引き連れて、再び通路の奥に消える。
「…くそ!!」
 やがて、取り残された岩牢の中で、アルフェリアは毒づくと、思い切り拳を大地に突きたてた。
 鈍い音とともに、無力な現状だけが、硬い手の甲に跳ね返ってきた。

* * *
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