――シェーレン国『死の絶えた都』入り口
「っさてと…」
永遠をもさえ思わせる、乾いた大地の只中に、それは存在している。
半ば砂に埋もれた煉瓦の残骸。
かつての威容をうかがわせる、町のメインロードに導かれ、かつての全盛を誇った宮殿の成れの果てが、忽然と佇んでいるのが遠めに伺える。
その全貌は、代々の王家の墓までも含めると、ミルガウスの街よりも広いのではないかというほどもあった。
「着いたは着いたけど…」
「寂れたところですねー」
「まーねー。結構魔物がいるから、気をつけないと…」
きょろきょろと見回しながら、ティナは町に踏み込んでいく。
続いてアベル、最後を副船長が進んでいた。
靴の裏に擦れた砂が、ざらりとした感触を伝える。
こんな時を経てまで磨かれた石の舗道は、砂を歩くのと違って、随分と歩きやすかった。
道の脇には、砂にまみれた民家。
その一つ一つに目を遣りながら、ティナは充てなく足を進めていた。
(着いたは着いたけど…)
先ほど口にした言葉を、再び胸中で繰り返す。
滅びた町は、陽を遮るものはなく、ぎらぎらとした日差しが肌に痛い。
否、足元の石に跳ね返って、焼け付く感触は更にひどかった。
(どうすれば…)
アルフェリアたちとは、半日分も離れていないはずだ。
しかし、この広い遺跡の中で見つけられるだろうか。
そして、七君主…。
(石版は…)
どこに行けば、いい?
それらしい魔力も、全く感じない。
石版の影響が現れていないのは、いいことだが――。
これまでとは違って、行く先の見当がつかなかった。
(こんなときに…)
首筋を流れるあせが、わずらわしい。
無意識に、彼女は考えていた。
(カイオスが、いれば…)
「………」
その名は、重く、胸中に跳ね返ってきた。
一瞬、太陽の光も、かすんだ。
(カイオス…)
彼も、ここにいるのだろうか。
また、自分を襲いにやってくるのだろうか。
あの、意思のない瞳――。
(………)
彼は、何を考えているんだろう。
彼は――戻ってくるのだろうか。
「…」
拳をにぎりしめる。
前を行く副船長の背中を、見据え、声をかけようとした――瞬間。
「あ…」
ぞくりと。
背筋が凍った。
前方のローブが跳ね返るのに前後して、彼女もぱっと振り返る。
「ティ…ティナさん…。副船長さん…」
彼女の後ろを歩いていたアベルが。
そして、彼女に剣を突きつけたダグラスが。
――その後ろにひかえた、カイオス・レリュードが。
ティナの方を見つめていた。
「な…!!」
彼女は唇をかみ締める。
しまった…お得意の、空間を渡る術か。
自分の背後に立たれるならばともかく、アベルを狙ってくるとは。
(もっと、注意してれば…)
だが、状況は変えることはできない。
アベルという人質を取られては、さすがに副船長も動くけはいがない。
その硬直を、目を細めて得意げに見遣って、意思あるダグラスは、朗々と告げた。
「剣を捨てろ」
「ちっ…」
どうしようもなかった。
副船長もティナも、自分の手持ちの剣を仕方なく地に投げ捨てる。
刃を突きつけられて、汗を流すアベルに、落ち着いて、と目で語りかけた。
彼が――七君主が殺したいのは、自分だ。
アベルは、自分たちの足を止める道具だ。おとなしくしていれば、危害は加えられることはないだろう…
「剣を捨てたわよ。アベルを、放して」
「ふん…。お前が死んだ後に、放してやるよ」
ダグラスは、禍々しく笑う。
ふと視線を転じて、同じようになす術なくそちらを伺う、ジェイドに視線を向けた。
「まずは――さんざん邪魔をしてくれた――、お前だ」
はっとティナは身構える。
だが、アベルにかざした刃をちらつかされて、ぎり、と唇を噛んだ。
「――生きとし生ける者たちへ、慈愛に満ちし汝の手」
王女を捕らえたまま、ダグラスが呪文を唱える。
「その恩恵に預かりし我の声に応えたまえ――」
ウォーター・ブレード、と。
ぎゅんと凝縮した魔力が、青い光の軌跡を描き、凄まじい速さで、矢のように解き放たれた。
「…っ」
身構えることなく、ローブの青年の体は、その刃に切り裂かれ、どうと地に倒れ伏した。
「ジェイド!」
「ふん…」
ティナの悲鳴と、ダグラスの嘲笑が重なる。
アベルは、かたかたと震えていた。
「ちょっ…」
地面に伝う赤い血が、その傷の深さを物語る。
思わず身を翻しかけたティナに、ダグラスの声が割って入った。
「騒ぐな。殺しちゃいない」
「な…」
「かと言って浅い傷でもないが――すぐに手当てをすれば、助かるかもな」
「あんた…」
視線に力を込めて、ティナは相手を見据える。
張り詰めた空気を、しかし、切り裂くように少女の悲鳴が駆け抜けた。
「いや…!!」
アベルだった。
涙を浮かべて、必死に自分に剣を突きつけた相手を睨みつめる。
「どうして、そんなことができるんですか! ひどい…!! どうして!!」
「あの女のせいだ」
「…え?」
「あの女を殺すのを、あのローブは、邪魔した。その罰だ」
「ティナ…さんを………」
「動くなよ、女」
言葉のショックで呆然としたアベルを横目に、ダグラスは傍らを見る。
金髪の青年。
今のやり取りを――その、惨劇の全てを。
欠片の表情も浮かべることすらなく、彼はただ立っていた。
深い、深淵。
意思のない、瞳。
「カイオス…」
「殺せ。あの、女を」
ティナの呼びかけに重なるように、ダグラスが放った。
かちゃり、と、青年が刃を構える。
アベルが、目を一杯に見開く。
やめて、と震える唇は、衝撃のあまりに声をなさない。
ティナは、その姿を、ただ見ていた。
さんさんと輝く太陽の下で、氷に浸されたような悪寒が、背中を駆け抜けていた。
「カイオス…」
声は、届くのだろうか。
祈るように、囁いた名前に、相手は反応することはなかった。
「………」
ぎり、と唇をかみ締める。
血の味がした。
心臓が、どくどくと波打っていた。
握った拳は、血が通っていないかのように、冷たかった。
青い眼は、死んだように彼女を見据えていた。
一片の、ためらいなく。
「殺せぇええええええ!!」
ダグラスの咆哮とともに。
彼は地を蹴った。
一瞬で詰められたその間は、もはや止める者もなく、ティナの心臓に吸い込まれていった。
「―――!!!」
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