――来タネ…裏切リモノ…
向かってくる男を見据え、七君主は薄く笑った。
意思を奪ったところまでは、計画どおりだった。
意思を奪い、仲間たちと戦わせ、その手で止めを刺させてから、呪縛を解いてやろう、と。
屈辱的なシナリオを彼は作っていた。
だが、予想に反して、なかなか女はしとめられない。
刃をかみ合わせた二人を見て、我慢しきれなくなったのも事実だ。
放った魔力は、偶然体制を崩した『失敗作』へと向かったが、あの女は、わざわざ自分から巻き込まれてくれた。
すぐに止めはさせなかったが、魔力に練り込んだ毒で、徐々に死へと近づいていくだろう
…――
まったく…笑いが止まらない。
――君ヲ 庇ッテクレタンダネ…。イイ子ダ…。
その衝撃の強さが、自分の呪縛を跳ね返したのか。
連日休みなく戦わせ、疲労しきった状態で、七君主たる魔族の呪を撥ね付けて正気を取り戻したのは大したことだと思ったが、その足で自分へと向かってくるのは、愚の骨頂としか言い様がなかった。
自らが、死地へと飛び込むようなものだ。
今まで、どんな状況だろうとも、決して向かってこようとはしなかった。
暗い部屋から逃げ出した後、追っ手を差し向けたときも。
――世界とミルガウスを天秤にかけるような事態でも。
歯向かうことは、なかったのだ。
当然だ。
自分は、魔の大君主、『七君主』。
勝てるはずのないことなど、当然に知れているはず。
しかし、そんな『裏切り者』は、今。
殺気を全身からみなぎらせて、じっと自分を見据えていた。
凄まじい激情だった。
心地好い――。
心地がよすぎて、まるで、理性を手放してしまいそうな…そんな、負の感情が、鋭い剣先を突きつけられたかのように次々とつき立ってくる。
――フフ…。スゴク…怒ッテルンダネ…。
感じるよ。その憤り。
だけど、それを向ける相手が違うんじゃないか?
――君ハ…イツモ 逃ゲテタヨネ。
閉じ込めた部屋の中でも。
そこから逃げ出した後も。
そして、ミルガウスで左大臣となった後も。
――コノ僕ト 戦ウコトヲ…!!
「…」
だから何だ、と言わんばかりの表情で、彼は剣を構えた。
鋼が微かに音を立てる。
疲労と負傷で満身創痍の男の剣は、一瞬たりともその切っ先をぶれさせることなく、七君主へと狙いを定めていた。
――…
炎が燃えているかのような瞳を細め、七君主は、そんな彼を睥睨する。
その瞬間、地を蹴った『裏切り者』の行く手に阻んだのは、片腕のダグラスだった。
「裏切り者があ!!」
「どけ!!」
裂迫の気合。
かっと目を見開き、一瞬で斬り下げた剣の勢いを殺さないまま、青年は、七君主へと跳躍した。
「ウソだろ…」
呆然と目を見開いて、アルフェリアは呟く。
ティナに付き添ったクルスも、その傷に手をかざしたジェイドも、じっとその所作を見守っていた。
三者の思いを、アルフェリアの言葉が代弁していた。
「今の剣速…見えなかったぞ…」
――ナカナカ、ヤルジャナイカ!
「うるさい。死ね」
鋼が翻り、まったく同じ体型を持った身体に、滑るように吸い込まれていく。
怪我も疲労も感じさせない速度は、操られていたときの何倍もの威力で、七君主へと襲い掛かっていった。
――君ガ…マサカ、本当ニ 向カッテクルナンテ…ネ…
刃を紙一重で受けながら、魔族はくすりと笑った。
その目は、戦いの中にあって、遠き日の記憶を、呼び覚ましているかのようにも、見えた。
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