「失敗作」
その呼び名が、赤い目の少年が、自分に名づけた『名前』だった。
それが、どんな意味を持っていたのかは、そのときの自分には、分からなかった。
ただ、それにこめられた嘲り。
侮蔑。
植えつけられた『モノ』は、無意識に彼への抵抗を奪っていた。
だから――逃げ出すしか、なかったのかも知れない。
あの部屋から。
追っ手から。
――全てから。
■
――所詮は、よそ者か…
――じゃあ…見届けてやるよ。あんたが、本当に三ヶ月で事を成し遂げられるのか。
――それだから影でも表でもいろいろと言われるんだぞ、分かっているのか!
――お前は…信じていないのか? 俺たちを…
――わたしがあなたを助けた分は、そばにいてくださいね?
――またあなたに、石版を持ち出さざるを得なくさせるような事由は、ないと言えますか?
――死に逃げるな。どんななりゆきや状況があれ、おぬしが背負うもんにはとてつもないものがあるじゃろうが、…まあ、人生、経験じゃしの。背負って――背負って、生き抜いてみせよ、『カイオス・レリュード』。
――君自身の闇には、君が打ち勝てばいいじゃないか。ただそれだけのこと。
――信じて…いいのよね。
■
どいつもこいつも、と。
そう呟いて、彼は口元を拭った。
集中するべき時に、頭を掠める言の葉の欠片が、ずいぶんとわずらわしい。
とても、単純なことだ。
どうせ『どちらにも』つけない。
素性も明かすことは出来ない。
だが、それが彼の国を――自身の『守るべきもの』を侵すのであれば、取り除いてしまえばいい。
難しい理屈は抜きだ。
戦局の判断も――勝ち負けの確率も、どうでもいい。
邪魔だから消す。
ただ、それだけのこと。
「…」
身体は、悲鳴を上げている。
傷が開き、流れていく血流の粒は、そのまま生命の雫が零れていくようにも思えた。
剣を握る手は、血と汗にすべり、ともすれば、視界はかすんで意識が沈みそうにもなる。
――だが、まだ、動ける。
戦える。
絶対に、許さない。
「………」
剣を振るう最中、彼は微かに呪文の詠唱を始めた。
さんざんいたぶってくれた七君主に、一矢報いるには、『力』が足りない。
『氷』の力では、ヤツを倒すことができない。
『空間』に関与できる七君主には、その表層を滑るだけの三属性の氷の力は、届かないのだ。
ならば、――。
『空間』に関与できる属性を使えばいい。
三属性の、さらに上。
今までは、魔力の不安定さと消費量の多さに使ったことはなかった。
自らの、魔力の低さは――十分に、思い知っている。
三属性継承者として、それなりに魔力はあるが、それは、『人間の身では』という条件付での話だ。
対魔族ともなると、七君主に、傷がつけられるかどうかの――ともし火のような、魔力しか、自分は持ち得ない。
さらに、魔封書の濫用で、魔力はほとんど残っていない。
相手は、七君主だ。
勝算があるならば、逃げたりはしなかった。
あの女のように――。一発で、魔の大君主を無効化できるような、聖なる召喚も不可能だろう。
それでも彼は、属性の禁を解くことを選んだ。
属性を扱いきれるかどうか――。
その、懸念さえなかった。
売られた喧嘩は、きっちり買って倍で返す。
全てを切り裂く破魔の属性。
『とっておき』の力を。
「我が名、『カイオス・レリュード』の名において…。『水の属性継承者』が命じる…」
立ち昇る魔力は、緩やかに螺旋を描き、見るものの瞳へと焼きついていった。
クルスとジェイドが、はっとしたように周囲を見た。
彼らには分かったのだろう――。
周囲の『理(ことわり)』が変動していることが――
■
「ダメだ…」
クルスが呟く。
「ダメだよ…それを捻じ曲げたら…」
「何だ?」
「『水』を呼ぼうとしている…」
眉をひそめたアルフェリアに、応じたのは副船長だった。
「七君主相手には、仕方のないところだろうな」
「だから、何がどういうことだ」
さらに重ねたアルフェリアの言葉に、藍色の視線を向け、投げやりに言い放つ。
「彼の属性は、『氷』だけではなかった…。四属性の『水』…――。四属性継承者の、召喚だ」
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