Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 熱砂に揺れる狂気 
* * *
――おねえさん、知ってる? 『ここ』にはね。水があるんだ。

「っ…」

――シェーレンの死に絶えた都は…水が涸れて滅びたといわれてる。けど、実際には、水は地下に逃げただけなんだよ。地下の奥底で――水脈は生きてる。ときどきこだまのような音がするのは、そのせいなんだ。その音を、まるで人間が吼えているようだと――人々は王家の人間の呪いといった。

「だ…め………」
 少年の言葉が、耳にこだました。
 目を開けることは、できない。
 身体を動かすこともできない。
 ただ、肩から流れ込む温かい力に支えられて、ティナは夢と現実の狭間を彷徨っていた。
 魔道士としての、感覚が、捕らえていた。
 この地を流れる魔力の波動が、自然の流れが――捻じ曲げられようとしている。
 理を変動させることは――自然の恩恵を受け、その慈悲を預かる属性継承者にとって、禁忌とされていることの一つだ。
 肌で感じる凄まじい違和感。
 ダメだ。
 理を曲げれば、そのしわ寄せは、全て術者に跳ね返ってくる…!!
 うわごとのように擦れた声音で、彼女は必死に呟いた。
「だめ…っ」


「集い集えよ正邪の輪 巡り謳えよ生死の狭間 狂いし時に誘われ 佇みし水の一欠けら」

 七君主から一旦距離をとり、彼は、呪の完成に集中した。
 使うことのなかった属性。
 それを、今この場で試すのに、ためらいはなかった。
 地にはいつくばったダグラスが、瀕死の息の下で、なぜ、と呟く。
 『彼』には分かったのだろう――その属性が――『失敗作』の属性が、自身のものと、同じものであることを。

 数多存在する多くの属性の頂点に君臨する、四属性『地水火風』。
 一つの属性に対し、完全に属性継承者は一人と、『言われている』――。
 絶対無比の強さを誇る、火に対応する鎮めの属性。
 『水』の四属性魔法――。

「今この時わが手に集い…邪悪なるものを打ち倒すため…その力、わが元へと誘わん!!」

 呼び声に、呼応したかのようだった。
 シェーレン国、死に絶えた都中央墓地。
 その、広大なる間に押し寄せる水が、人工的な石の壁を突き破って――

 ざあ、と一斉に、流れ込んできた。


「これは…」
「すぐには、水没しない」
 驚きに目を見開くアルフェリアに、ジェイドが冷静に応じる。
 整然とした石の合間から、勢いよく流れ込む水は、既に部屋の中央に陣取るアルフェリアらの足元へと流れこみつつあった。
 確かに、中央王墓は、広い。
 だが、それにも限度はある。
 すぐには、水没しないと言っても、二十分もかからないだろう――。
 ここは、地下だ。
 すぐにでも脱出しなければ、逃げ場はない。
 これを呼んだのが、カイオス・レリュードだというのか。
 これだけの水を操っているのはすごいが…
「何てことしやがるあいつ」
「まあ、水が近くにあったほうが、カイオスは戦いやすいんだろうけど…」
「そーゆー問題か? ここ、一応シェーレンの『国家指定保護遺跡』だぞ? どこまでキレてんだ…」
 一応あいつ、ミルガウスの左大臣だろ? 信じらんねーと呟くアルフェリアは、あきれたように肩を落とす。
 そうは言っても、逃げ出そうと言い出さない辺り、今のところ、戦闘の行く末を見守る覚悟はあるらしい。
「…けど、ティナは大丈夫か? 水に濡れたら…」
「…」
 うなされながらも、必死に毒と戦っている少女を見て、将軍は呟く。
 さすがに怪我をした状態で、冷たい水に触れることがいいわけでは決してない。
「…」
 それを受けて、動いたのは副船長だった。
ティナにかざしたのと別の、もう一方の手が微かに振れると、呪を省いた結界が作られる。
それは、円形に空間を切り取ると、押し寄せる水の流れをせき止めた。
 一連の動作を見て、クルスが目を丸くする。
 魔法の発動を呪文なしでできるのは、属性継承者のほかにはいない。
 まして、今彼が使ったのは、『風』の魔法だ。
「ジェイドも…属性継承者なの…?」
「今は、あっちの戦いに集中してろ」
 軽く切って捨てたジェイドは、肩口から零れる銀の髪を、後ろに追いやる。
 その言葉が引き金になったかのようだった――
 結界の向こうで、空気が激震する。
 大きな魔力の余波が、激突した。


――フフ…

 七君主は、口元で笑った。
 こちらを見据える殺気は、どんどんとその強さを増し、闇の大君主である自分でさえも、呑みこんでしまいそうな深さを湛えていた。
 それは、奇妙な感覚でもって、七君主を貫いた。
 十年前――『ダグラス・セントア・ブルグレア』と交わした約束。

 自らの身を投げ出す代わりに、死んだ息子『カイオス・レリュード』を――



――………。彼ハ…本当ニ 君ニ ヨク 似テイルネ…

 『ダグラス・セントア・ブルグレア』と。
 七君主は、くつくつと笑い続けた。
 『水』を使うのか。
 『半分』しかない、その器の身で。
 四属性たる強大な、力を使うというのか。

――ソンナ 不安定ナ 力マデ使ッテ 僕ニ…逆ラウナンテ、ネ。 

 けれど。
 そう、呟く男の赤い目が、獲物を見つめた獣のごとくに、無邪気に――そして残酷にほそまっていく。
 手加減はしない。
 全力で叩き潰してあげる。
 屈辱的な、死を…!!
 『再び』命を与えてやった自分に対する、その無謀な裏切りに!!

「出でよ」
 流れ込む水の力を使い、『カイオス・レリュード』が呪を発動させる。
 強力な水の渦を利用した、水竜。
 それが、術者の足元から巻き上がり、牙を剥きながら、こちらへと突進してきた。

――フン…

 七君主もまた、手を掲げる。
 ひゅるりとよどんだ闇が、爆発的に膨れ上がると、彼を飲み込まんと迫る水竜ごと、爆発した。

 がきりと。
 その粉塵の合間を縫って現れた人影が、剣を振り上げる。
 にやりと、七君主は笑った。
 もらった。
 貯めた魔力を放ち、その無防備な胴に叩き込んでやる…!!

 だが。

――何…!?

 背後に、魔力の気配がした。
 それは、ありえない軌道だった。
 一旦魔法を発動すると、その反動でしばらくの『凪』の時間が生まれるはずだ。
 ましてや、水竜という大量の水を操った後だ。
 間を置かず連続して呪を放つなど、不可能だった。
 集中力が、続くはずがないのに…!!

――チッ…

 その身体は、剣と魔法の応酬に挟まれて、観念したように、一瞬『消える』。
 空間魔法の発動。
 だが、その着地地点に降り立った七君主へと、待ちわびたようにカイオスの剣が振り下ろされる。

――読ンデイタノカ…!!

「死ね」

 二者の声が重なる。
 激情の赫と、冷静な青。
 二つの視線が、重なる。
 激突した二つの力が、一瞬。
 巻き上げた砂塵で、視界の全てを奪っていった。

* * *
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