Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 水の属性継承者 
* * *
――シェーレン国 死に絶えた都 地下王墓



――ナカナカ…ヤルネ。

「………」
 砂塵が上がり、束の間の静寂に満たされた戦場の風景が明らかとなっていく。
 壁を突き破り、王家の神聖な墓所に流れ込む水の勢いは激しく、地をはねるその飛沫が、二者の姿を霞ませていた。

――失敗作ノ…分際デ。

「喋っている余裕があるのか?」

――何?

「陣は完成した」

――!?

 目を見開いた七君主の足元が、淡い光に包まれた。
 くるぶしまで侵した水が、魔力の蒼に染まり抜き、鋭利な氷の刃と課すと、一斉に牙を剥いた。
 光を映した赤い瞳が憎憎しげに細まり、その口がぎりりと音を立てる。

――クソ…!!


 大量の本に、囲まれていた。
 赤い目をした、少年の下で、『生かされる』モノでしか、なかったときに。
 彼の意識を惹きつけたのは、狭い部屋の中に積み上げられた、目もくらむような高さの大量の書物だった。

 それは、とても心躍る時間だった。
 その全てを、彼は読み漁った。
 その全てを、彼は自分の中に取り入れていった。
 魅力的な多くの書物の中で、特に多かった種類の本があった。
 魔法理論。
 それは、太古の難解な論理を経て、多くの学者、とりわけダグラス・セントア・ブルグレアによって記された、美しい自然の論理だった。
 まるで、歌を記すように、本は語りかけたいた。



『我らが偉大なる母よ 我らが雄大なる父よ。悠久の自然よ。
 汝らの声をどう受け止めればよいのだろう。
 その美しき調和を乱す、罪深き我らは、汝らにどのように映るのだろう。
 その均整の妙を乱す、我ら罪深き魔法使いの業は。
 しかし、私は願ってやまないのだ。
 罪深き神の子は、愚かにも願い続ける。
 その支配と、創造の可能性を、永久に広げ続けることを――』

 それは、美しい論理だった。
 自然に干渉し、それを乱す魔法に対しての。
 調和と秩序を説いた理論。
 美しい、創造の新たなる可能性。

 禁術、と言う名の、甘美な理想論だった。
 既存の理(ことわり)を破る、一つの空想論。
 七君主を、倒すために。
 必要な、刃。
「………」
 男の眼が、閉じられた後、再び光を宿す。
 そこに、ためらいはない。
 意思と共に紡がれる力は、螺旋の軌道を描いて、緩やかに立ち昇っていった。


「二重魔方陣…」
「なんだって?」
 ティナにかざした手はそのまま、視線は完全に戦闘を向いた副船長が、ぼそりとこぼす。
 聞きとがめたアルフェリアが、そちらを向いた。
 目をいっぱいに見開いて、攻防戦に見入っていたクルスも、弾かれたように振り向いた。
「え!? 二重…魔方陣!?」
「明らかに、そうだろう」
 彼らと直接視線を重ねようとはせず、副船長は目を細める。
 藍色の視線は、ひたむきに金髪の男に注がれていた。
 透き通った瞳の中に、微かにあきれた色がある。
「神経焼ききれるんじゃないのか?」
「………おい、何なんだよ…。その二重魔方陣とか言うのは」
「えっとね…」
 聞き出そうと声を高めたアルフェリアに、応じたのはクルスだ。
 毒と戦うティナを心配そうに眺めながら、視線を落としたまま言葉を探した。
「一言でいうとね…、禁断の術なんだ」
「禁断?」
 おいおい…さっき水を呼んだので、十分にやばいんじゃないのか、と彼は息をつく。
 そんなアルフェリアに、クルスは真剣な表情で続けた。
 視線は、ティナをさまよったまま。
「オレたちの術は…いっぱい制約があるんだ。やっていいことと、悪いことが、はっきりしてて、…それを破っちゃいけないんだ」
「具体的に言うと」
 もどかしげなクルスに対し、副船長が口をはさむ。
 はっとしたように振り向く二対の視線を受けて、銀の髪がさらりと揺れる。
「自然の理(ことわり)を侵すこと。属性魔法に属性魔法の力を上乗せすること。反発する属性を同じ場に多量に呼ぶこと。三つ以上の属性を併せること。――それから、二重魔方陣」
 他にも細々としたことはあるが、と彼は呟いて口を閉じる。
 だから結局なんなんだ、と言いたげなアルフェリアの視線を受けて、再び口を開いた。
「二重魔方陣は――二つの異なった波動の属性を、同時にその場に呼んで、別々の効果を付すものだ。つまり、魔法を連続で放つ」
「…? おい…」
「普通はね」
 専門的な言葉の羅列に、露骨に眉をしかめたアルフェリアを見上げ、クルスが慌てて言い添える。
「オレが魔法を使おうと思ったらね…、えっと…『型』みたいなものを組み立てて、そこに属性の精霊を呼んでその通りに働いてもらうものなんだ。
 だから、オレたちは、その『型』を作って、それにあった強さの属性とかをコントロールしないといけないから、結構大変なんだよ」
「なるほどな…。ひとつの魔法に、一つの『型』があって、それがあんたらの唱える『呪文』ってわけだな。一つの型を操るので、精一杯ってわけだ」
「うん…カイオスは、それをいま同時に二つ操ってる。下手したら、『型』が崩れて魔力が暴走しちゃうから…そしたら、オレたち助からない…。さっきの水を呼んだのは…まだ、術者一人に反動がかかるだけなんだけど…」
「何!?」
「だから、禁断なんだよ」
 驚くアルフェリアに、冷静に副船長が言葉を添える。
「っ」
「素人が思ってる以上に、魔法は複雑だ。場には自然の秩序が存在し、それを乱すのが『魔法』――。術者は、乱した場を元に戻すところまでを一連の術とする。場が乱され、その理が発動し、その場が戻る――威力が大きくなればなるほど、その作業は複雑になる。魔法を使った後に、隙もできる。
ダグラス・セントア・ブルグレアの魔法理論革新によって、その理に干渉するのは容易にはなった。だから、『型』を二つに渡って並行に作成し操る二重魔方陣の理論もないわけじゃなかった…。実際にそれを試した人間もいる。
 村一つ巻き込んで、暴発したが」
「村一つ…」
 それ以来、『禁断』の運びとなった、と副船長はしめくくった。
 アルフェリアは、釈然としない表情で立ち尽くしている。
 じゃあ、と乾いた音が唇を零れた。
「何で…そんなモン、あいつが使えるんだよ…」
「………」
「………」
「暴発しない保証が…あるってのか!?」
「…」
 クルスも、副船長ですらも、すぐには口を開かなかった。
 それは、アルフェリアの問いに答えあぐねているようにも見えたし、その懸念が的を射ていたせいかも知れなかった。
 七君主を止められるのは、ティナが動けないいま、『属性魔法』を扱うあの男が一番の適任なのだろう。
 しかし、操られてすら足元も定まらなかったほどの重症を負って、そんな術が使いこなせるのか。
「………。おそらく」
 ゼルリア将軍の視線の先で、銀の髪が動いた。
 それは、押し寄せる水を反射してきらきらと輝いている。
 何かを言いかけたその口が、だが、突然弾かれたように翻った。
「!?」
「何だ?」
「え? 何?…」
 眠ったアベルを横に、その突然の所作に驚いた二人が、はっと息を呑む。
 いままでの、七君主とカイオスの戦いに注がれていた視線が、一転、毒を受けたティナへと注がれる。
 汗を浮かべながらも、回復の魔法に支えられて何とか毒と戦っていたティナの容態が、一転した。
「!! うぁ…!! ああぁあああ!!」
「ティナ!?」
「おい…!!」
 少女の身体が跳ね上がり、意識のない唇から、こらえきれない苦痛の叫びが上がる。
 ジェイドの指から漏れる魔法の光が、一層輝きを増して強まった。
 しかし、その状態は悪化の一途を辿り、悲鳴はさらに強くなる。
 何が起こったのか――突然のことに問いかけた人間たちの全ての言葉を封じるタイミングで、瞬間、彼らを護る結界が、どん、と地軸ごと激震した。

* * *
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