「終わった…のか」
ダグラス・セントア。ブルグレアが――七君主が光に貫かれ、何か『黒いもの』が立ち上るように消えていった。
その直後、ダグラス・セントア・ブルグレアの体が力なく倒れた瞬間、ティナの悲鳴が途絶えた。
毒を操っていた七君主の影響が、完全に消えたのだ。
いままでとうって代わり、穏やかな吐息がその口から漏れる。
「ティナ…」
クルスが、目尻に涙をにじませたまま、その手をぎゅっと握った。
「ん…」
女が身じろぎする。
目覚めの兆候だ。
それを確認して、完全に目を覚ます前に、ジェイドはすっと傍を離れると自らの風の結界を越えて、カイオス・レリュードの方に歩き寄った。
何か語りかけたようだが、ほとんど耳元で囁くような声だったために、アルフェリアらからは聞こえない。
だが、ほとばしる光の魔法が、瀕死の重傷を包み込むと、土気色だったその肌に、微かに生気がやどったようにも見受けられた。
しかも、信じられないことに――血だらけの身体の傷が、一つ残らず癒えていた。
「大丈夫なのか?」
「ああ。死にはしない。だが、大量に出血してる上に、疲労が激しい。すぐに、休ませたほうがいい」
「…」
振り向いた藍色の目に、しっかりと頷き返したところだった。
「え…わたし…」
ティナよりも先に目覚めたのは、アベルだ。
地下墓地の入り口で、突然意識を失っていた少女は、自分の置かれた状況を把握しようとあたりを見回して、ふとその一点で目を留めた。
え、と震える口から声が漏れる。
「混血…児!?」
「あ、あのねアベル…。彼はジェイドで…」
「副…船長…さん?」
あわてて取り成そうとしたクルスをそばに、彼女は大きく悲鳴を上げた。
視線が集中する。
その中で、アベルの目から涙がこぼれる。
「信じて…たのに…!! いい人だって!! なのに、なんで…そんな汚らわしいモノなんですか!? みんなを…だましてたんですか!?」
「…」
「ア…アベル」
あまりの剣幕に、混血児を疎んでいるはずのクルスですら、その言葉を止めようとする。
だが、彼女は止まらなかった。
幾筋の涙をこぼしながら、必死に言った。
「消えて!! 早く消えて!! 汚らわしい!!」
「………」
心配しなくとも、と。
彼は淡々と呟く。
それは、どんな言葉を受けても揺らがない――いつも通りの、感情を一切排した声だった。
「俺は船に帰る。そして、二度とあんたらの前に姿を見せない」
「…!!」
その言葉すらも、アベルは拒絶した。
いやいやをするように、耳を塞ぐ。
その全てを、否定するように。
「アベル…」
アルフェリアが呟いた。
そう、これが普通の反応だ。
多かれ少なかれ、人は混血児に対して、こんな感情を持っている。
アベルが行きすぎというわけでも――決して、ない。
「…」
副船長の手が、空を振れた。
同時に、光の魔方陣が地面に現れる。
「シェーレンの王都に直通している。使いたければ使え」
それだけ言い残して、彼は水の中を王墓の通路へと消えていった。
「………」
クルスとアルフェリアは、黙って見守った。
アルフェリアは、混血児の姉が嫌いだ。
クルスも、混血児に対しては、そんなに好い印象を持ってないし、できれば関わりたくはない。
だが、彼には、もしもことが露見すれば、そういった謗りを受ける可能性を秘め続けながらも、旅の中で随分と助けられたことも事実で。
「早くしなきゃ…水没する」
その思いを振り切って、クルスは言葉を放った。
アベルの剣幕に、まだ呆然としたままの、アルフェリアが応じる。
「ああ…そうだな」
「アルフェリアは…カイオスをお願い。オレが、ティナを何とかするから」
「ああ」
「アベル…」
二人でケガ人たちを抱え上げ、クルスはアベルに声をかける。
「っ…」
アベルは、ぎゅっと衣を握っていた。
どうして、とかみ締めた唇から声が伝う。
どうして…彼が汚らわしいモノなんだろう。
いつも、助けてくれた。
命を救ってくれた――そこには、とても大きな感謝の思いを寄せていた。
それを――踏みにじるなんて…!!
「最低…です………」
部屋に流れ込む水が、激しさを増していく。
アベルは、それでもためらった。
彼が出した魔法陣に乗るなんて…。
けれど、自分ひとりの力では、ここを脱出できないし、できたとしてもシェーレン国の首都へと、それから砂漠を十日近く旅することなど出来ない。
ティナもカイオスも、どうやら負傷しているようだし…。
「仕方…ないです…」
どうしても、仕方のないことだ。
吐き気さえ感じて、彼女はそこに足を踏み入れた。
包まれる光、浮遊感。
そこに、彼女はもはや『温かみ』や『感謝』を感じることができなかった。
むしろ、体中が凍えて、どうしようもなかった。
彼が『混血児』というだけで――こうも、違う。
「………」
きゅっと手を握り締める。
その自分の内側で。
――見つけた………。
声無き『声』が渦巻いているのを、彼女自身、気付かないでいた。
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