Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 水の属性継承者 
* * *
「終わった…のか」
 ダグラス・セントア。ブルグレアが――七君主が光に貫かれ、何か『黒いもの』が立ち上るように消えていった。
その直後、ダグラス・セントア・ブルグレアの体が力なく倒れた瞬間、ティナの悲鳴が途絶えた。
 毒を操っていた七君主の影響が、完全に消えたのだ。
 いままでとうって代わり、穏やかな吐息がその口から漏れる。
「ティナ…」
 クルスが、目尻に涙をにじませたまま、その手をぎゅっと握った。
「ん…」
 女が身じろぎする。
 目覚めの兆候だ。
 それを確認して、完全に目を覚ます前に、ジェイドはすっと傍を離れると自らの風の結界を越えて、カイオス・レリュードの方に歩き寄った。
 何か語りかけたようだが、ほとんど耳元で囁くような声だったために、アルフェリアらからは聞こえない。
 だが、ほとばしる光の魔法が、瀕死の重傷を包み込むと、土気色だったその肌に、微かに生気がやどったようにも見受けられた。
 しかも、信じられないことに――血だらけの身体の傷が、一つ残らず癒えていた。
「大丈夫なのか?」
「ああ。死にはしない。だが、大量に出血してる上に、疲労が激しい。すぐに、休ませたほうがいい」
「…」
 振り向いた藍色の目に、しっかりと頷き返したところだった。
「え…わたし…」
 ティナよりも先に目覚めたのは、アベルだ。
 地下墓地の入り口で、突然意識を失っていた少女は、自分の置かれた状況を把握しようとあたりを見回して、ふとその一点で目を留めた。
 え、と震える口から声が漏れる。
「混血…児!?」
「あ、あのねアベル…。彼はジェイドで…」
「副…船長…さん?」
 あわてて取り成そうとしたクルスをそばに、彼女は大きく悲鳴を上げた。
 視線が集中する。
 その中で、アベルの目から涙がこぼれる。
「信じて…たのに…!! いい人だって!! なのに、なんで…そんな汚らわしいモノなんですか!? みんなを…だましてたんですか!?」
「…」
「ア…アベル」
 あまりの剣幕に、混血児を疎んでいるはずのクルスですら、その言葉を止めようとする。
 だが、彼女は止まらなかった。
 幾筋の涙をこぼしながら、必死に言った。
「消えて!! 早く消えて!! 汚らわしい!!」
「………」
 心配しなくとも、と。
 彼は淡々と呟く。
 それは、どんな言葉を受けても揺らがない――いつも通りの、感情を一切排した声だった。
「俺は船に帰る。そして、二度とあんたらの前に姿を見せない」
「…!!」
 その言葉すらも、アベルは拒絶した。
 いやいやをするように、耳を塞ぐ。
 その全てを、否定するように。
「アベル…」
 アルフェリアが呟いた。
 そう、これが普通の反応だ。
 多かれ少なかれ、人は混血児に対して、こんな感情を持っている。
 アベルが行きすぎというわけでも――決して、ない。
「…」
 副船長の手が、空を振れた。
 同時に、光の魔方陣が地面に現れる。
「シェーレンの王都に直通している。使いたければ使え」
 それだけ言い残して、彼は水の中を王墓の通路へと消えていった。
「………」
 クルスとアルフェリアは、黙って見守った。
 アルフェリアは、混血児の姉が嫌いだ。
 クルスも、混血児に対しては、そんなに好い印象を持ってないし、できれば関わりたくはない。
 だが、彼には、もしもことが露見すれば、そういった謗りを受ける可能性を秘め続けながらも、旅の中で随分と助けられたことも事実で。
「早くしなきゃ…水没する」
 その思いを振り切って、クルスは言葉を放った。
 アベルの剣幕に、まだ呆然としたままの、アルフェリアが応じる。
「ああ…そうだな」
「アルフェリアは…カイオスをお願い。オレが、ティナを何とかするから」
「ああ」
「アベル…」
 二人でケガ人たちを抱え上げ、クルスはアベルに声をかける。
「っ…」
 アベルは、ぎゅっと衣を握っていた。
 どうして、とかみ締めた唇から声が伝う。
 どうして…彼が汚らわしいモノなんだろう。
 いつも、助けてくれた。
 命を救ってくれた――そこには、とても大きな感謝の思いを寄せていた。
 それを――踏みにじるなんて…!!
「最低…です………」
 部屋に流れ込む水が、激しさを増していく。
 アベルは、それでもためらった。
 彼が出した魔法陣に乗るなんて…。
 けれど、自分ひとりの力では、ここを脱出できないし、できたとしてもシェーレン国の首都へと、それから砂漠を十日近く旅することなど出来ない。
 ティナもカイオスも、どうやら負傷しているようだし…。
「仕方…ないです…」
 どうしても、仕方のないことだ。
 吐き気さえ感じて、彼女はそこに足を踏み入れた。
 包まれる光、浮遊感。
 そこに、彼女はもはや『温かみ』や『感謝』を感じることができなかった。
 むしろ、体中が凍えて、どうしようもなかった。
 彼が『混血児』というだけで――こうも、違う。
「………」
 きゅっと手を握り締める。
 その自分の内側で。



――見つけた………。



 声無き『声』が渦巻いているのを、彼女自身、気付かないでいた。

* * *
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