Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第二章 二人目の来訪者 
* * *
――シェーレン国『王の離宮』



「ふー」
 部屋を出て、思わず一息ついたアルフェリアは、じーっとこちらを見つめる二人の視線にかち合って、一瞬動きを止めた。
「…何してんだお前ら」
「えーっと…今日のご飯何にしようか考えてた」
「この壁がオレを呼んでた」
「………」
 ティナとクルス。
 二人のとぼけた返答に、将軍はまともに眉をひそめた。
「要するに…」
「………」
「オレとヤツが何はなすか、聞いてたのか」
「き、聞いてないもん!」
「き、聞き耳立ててたけど、聞こえなかったもん!」
「こら、クルス!!」
「………お前らな………」
 アルフェリアは、先ほどとは別の意味でため息を吐いた。
「城での現状を報告しに来ただけだ。多分、気になってる頃だろうと思ってな」
「…」
「しかし…あれから、もう一週間だろ? ちょっと、回復が遅すぎるんじゃねーの?」
「うーん」
「…」
 二人は、――おそらく――別の意味で黙り込んだ。
 心なし、沈んだ表情をしている。
「まあ…もともと、七君主の術にかかるくらい体力落ちてたみたいだからね…。その状態で、禁術連発したから、反動が来てる…んだと思うんだけど」
「薬も、効かないからね〜」
「へー」
 彼らから伺えるのは、心配の情念だ。
 アルフェリアは、そんな状態の彼が、『二重魔方陣成功してよかった』とほざいた…などと二人が知ったら、どんな反応をするだろう、とちらりと考えた。
 しかし、口に出しては別のことを話題にする。
「じゃあ…ちょっとこれ以上は、無理かな」
「何が?」
「う?」
「実はな…」
 豪華なテント付きの乗り物に乗ったまま、外で待っている彼の『主』のことをほのめかすと、二人はちょっと言葉を途切らせた。
「アベルが?」
「ああ…オレは一応、その護衛って感じで来たからなー」
「でも…大丈夫なの?」
「何が?」
 表情を曇らせたティナの真意が分からず、アルフェリアは聞き返した。
「いやね…。アベル、副船長に対して、いい顔、しなかったんでしょ…」
「そこは、心配ない」
「そうなの」
「ああ」
 さらりといったアルフェリアに、ティナは瞬いた。
 王女は、どんな価値基準かは分からないが、『混血児』はダメで、『魔の大君主の分身』は大丈夫らしい。
「ふーん…変なの」
 ティナの、何気ない呟きに、
「何が、変なんですか? ティナさん…」
「げ!」
「おー…アベル。待ちくたびれて、来ちまったのか?」
「ええ…いえ…」
 少女は、暗い顔色をして、伏せ目勝ちに三人の前を通り過ぎて行った。
 いつ、湧いて出たのだろうか。
 ぱたんと扉をくぐって、寝室に消えていったアベルを、無言で三人は見送る。
「えーっと…。アベル…いつもに増して暗いわね。なんか、あったの?」
「…いや…知らないな。城にいても、オレほとんど会わねーし」
「そーなの?」
「ああ。今朝、突然会いに行きたいって…言われてよ」
「アベル…」
 ティナとのやりとりの合間に、ずっと沈黙して(手に持っていた果物を食していた)クルスが、ふと、呟くのがアルフェリアに聞こえた。
「ちょっと…気配が…違う…?」
「「………」」
 ティナと、アルフェリアは同時に振り返った。
「そうなの?」
「そうなのか?」
「えーっと…何となく…なんだけど…」
 自分より背の高い二人に詰め寄られ、クルスはもぐもぐと無駄に口を動かした。
「いや…待て待て。おめーの『何となく』は、意外とあなどれーことが、今回のことで分かったからな」
「え、何? アルフェリア、どういうこと?」
「こいつ、カイオス・レリュードが堕天使の聖堂の段階で、腹に傷負ってるの、気付いてやがったんだよ」
「堕天使の聖堂で!? ケガ!? え、じゃああの傷、あのときから…?」
「そーらしいぜ。クルスいわく」
「そうなんだ…クルスすごい!」
「うー」
 クルスは、困ったように唇を尖らせている。
「別に、大したことじゃないんだよ。気付いたのは、たまたまだし…」
「へー」
「ほー」
「…アベルは…きっと、元気がないだけ…だよね…」
 そうだよね、変なコト言ってごめんね、と少年は慌ててとりなした。
「「…」」
 ティナとアルフェリアは顔を見合わせる。
 どちらともなく、アベルが消えた扉の向こうを、伺うように見つめていた。

* * *
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