Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
  第三章 小休止〜帰船〜 
* * *
――現在 シェーレン国


「………」
 砂漠の太陽は、さんさんとした日差しを殺人的な強さで、光を降りかけていた。
 あの時、崖から落ちて助かったのは、絶対に『混血児』の回復能力のせいだな、とため息をつく。
 あれ以来、紆余曲折してロイドたちの元にたどり着くまで、この『回復能力』にはいろいろな意味で『助けられた』。
 なにせ、『楽になる』ということをさせてはくれない。
 そして。
「本当に、あの日が最後だったな…」
 薄い唇が、ふと呟いた。
 『フェイおにいさま』と呼ばれた日々。
 もうめぐり合うことのないと、割り切っていたが、意外なところで再会して、そして、予想通りに――拒絶された。
 当たり前の結果だった。
「………」
 砂漠の太陽は、強さを和らげることなく、照り続けている。
 彼は一歩一歩、足跡を刻みながら、彫刻のような姿態を、船へと向かって、歩ませていった。


「お? 副船長!! 何で、こんなとこに、一人でいるんだ〜?」
「………」
 帰船したらしたで、気楽に声をかけてくるロイドに、副船長は、ちょっとためらいを見せた。
「…別に」
「ローブがねえな。まさか、正体が、バレちまったとか〜? そんなわけ、ねーよな。あははははははは」
「…ばれた」
「はははははははははははは。は?」
「だから、正体ばれたから、帰って来た」
「な、何ぃいいいいいいいい!?」
 なぜ、この男は久々に会ったら会ったで、こんなにも元気で騒がしいのだろうか。
 やる気をなくす砂漠の暑さも、全然応えてないらしい。
 おそらく、暇に任せて、近隣の荒くれ者どもを『おしおき』して、周辺住民のみなさまに迷惑をかけないように、言い含めていたに違いない。
 そしてさらに、おしおきされた荒くれ者どもは、(ロイドがあまりに強すぎるので)恐れおののいておとなしくなった挙句に、略奪してきた宝の数々を迷惑料代わりに差し出して――それを住民たちに還元でもしていたのだろう。
 『イイコト』をした後のロイドは、大体機嫌がいいか、騒がしい。
 コレが『戦鬼』とは思えない。
「な、ななななななな」
「ロイド」
「なんでお前、そんなことに!?」
「………」
 ちょっと落ち着け、と思ったが、話ができる状態ではない。
 船長は、どうやら予想外の話の展開に、動揺しているようだ。
 副船長は、冷静に分析した。
 こうなったら、騒ぎ疲れて黙るのを待つしかないかも、と思い始めたとき、運良く他の船員が騒ぎを聞きつけて甲板に出てきた。
「船長うっせー」
「な、ななななな、だってよ、サキ…!!」
「下に、響きまくってるっての…ってか、あれ? フェイ?」
「………」
 やっと、話のできる状態になりそうだったので、とりあえず、彼は淡々と言った。
「ただいま」
「「お、おかえり」」
 シェーレンの都の日差しは、波間へと反射して、きらきらと輝いていた。


「………ということで、結局正体ばれて、帰ってきた」
「「………」」
 淡々と、状況の報告と説明を――なぜか、ロイドのみならず、自分以外の船員七人全員相手にする羽目になって、結びの言葉を吐いたところ、船内最大の広さ――といっても、八人大の大人が入って、非常に暑苦しい様相を呈していたが――の台所中で、ほうっとため息が漏れ出した。
「つまり…。正体が分かって、拒絶…されたってことは、妹さんとは…」
「まあ、まともに名乗る線は消えた」
「あいつらは…?」
「カイオス・レリュードが重症だから、シェーレンの王都辺りに、滞在中じゃないかと」
「じゃなくて、これから、お前どうすんだ、あいつらと」
「………」
 ほんの少し、青年は言葉を途切れさせた。
 結局、無感情――というよりは、若干ぶっきらぼうに、淡々と言った。
「別に。もともとロイドが言うから、付いて行っただけだし」
「そんな言い方…」
「元の状態に戻るだけ」
 仲間たちの、さまざまな物言いに対して、彼は強引に言葉を打ち切った。
 立ち上がって、出口へと向かう。
 声をかけるにかけられない人間たちが、言葉なく見守る中で、こちらも言葉を発することなく、扉に手をかけた。
「彼らが、帰ったら、『いないように』振舞って」
 一言だけ、そういうと、そのまま出て行ってしまう。



『………』
 残された人間たちの沈黙は、限りなく深い。
 やがてそれが、一極に集中した。
「え、オレ?」
「当たり前だ船長」
 全員一致で指名されて、驚いたようにぱちぱちと瞬いた戦鬼は、ちょっと唇を尖らせて、ぽりぽりと頬を掻く。
「絶対あいつ、落ち込んでるからよ〜。下手に話しかけないほうが、いいんじゃねーの?」
「落ち込んでるからこそ、だろうが!!」
「いや…だってよ…」
 ロイドは、いつになく歯切れが悪い。
 思い切りが悪いわね、とジェーンが何気なく声を高めた。
「あら、みんな聞いた? フェイを放っとくってことは…船長が職務放棄するってことよね〜」
「うわ…そんな見込みのない男だったとは」
「最低だな…」
「もっと、やるヤツかと思ってたのに…」
 女コックに続いて、次々と上がる集中砲火の嵐。
「!?」
 ロイドは、衝撃を受けた。
 何ということだろう。
 このままでは、船長としての、男としての、面目が潰れてしまう!!
「行ってくるからよ!! あいつを慰めてくればいいんだろ!! 任せときな!」
「さすが!」
「男の中の男!」
 すかさず合いの手が入って、ロイドは頼もしげに頷くと、船室を出て行った。
 そんな彼が扉の向こうに消えた後、別の意味で仲間たちは黙り込む。
 沈黙は、果てしなく深かった。
「なんてか…こう、何で、ロイドって」
「分かる分かる。何で、あんなに単細胞で、単純で、のせやすくて…」
「バカなんだろう…」
 全員一致で、バカだ…としみじみと頷き合う。
「けどさ…」
 と、声を上げたのは、最年少の少年――キリだ。
 大人たちの視線の中で、ぽつりと呟いた。
「結局、ロイド任せになっちゃうんだよなー。オレたち」
「まあ…ね。何だかんだで、ロイドが一番適任よね」
 それは、ジェーンも認めた。
 彼女の隣りの禿頭――ジンも、頷いている。
「お頭にかかれば、なんでもうまく収まるからな」
「実際、この町に集(たか)ってた海賊たち―― 一人で丸め込んじゃったもんねえ」
「バカだから、まともに取り合うのがバカらしくなるんだよ」
「違いねえ」
 穏やかな笑いが漏れる。
 そこには、ロイドへの確かな信頼と情愛がある。
 ロイドは、バカだが、何も『知らない』バカではない。
 彼は、もともと海賊でもなんでもなかった。
 陸を一人さまよいながら、戦鬼として、数々の屍に埋もれてきた。
 幾多の人間を殺めたその理由は、自分勝手な――自分の持つ過去の怨念を、何の関係もない相手にぶつけてしまうという――非常に自分勝手なものだった。
 その怨念をすすぐために、彼は、今は亡き初代副船長――フリードと共に海に出た。
 『海賊旗』を掲げたのは、自らが『殺人者である』という過去と、向き合う意味を持っていた。
 実際やっていることは、他の海賊船に襲われている商船を助けたり、今回のように政府でさえ手を焼く海賊たちの襲撃に怯える街を救うことだったり――はっきり言って、義賊に近い。
 ゼルリアの王をちゃっかり兄に持っているので、頼まれてゼルリアの軍隊として戦争に手を貸すことも、沿岸を警備することもある。
 彼の率いる仲間たちは、――副船長も含めて――全て、ロイドが海賊となった後に知り合ったものたちだ。
 それぞれが、何か怨念めいた――自分ひとりの力では超えられなかったかも知れないものを抱えていた。
 ロイドは、そんな彼らに手を差し伸べてくれたのだ。
 自らの愚かさを知り、それによって罪を犯してなお、彼は子供のようであり続けた。
 身を切られるほどの激情に弄ばれながら、それを克服しようとし続ける彼の愚直さ。
 暗い過去を背負っていてもなお、曲がることのない無邪気な明るさが、海賊船の船長の、最大の魅力だった。

「…さて…うまくいくといいけどねえ」
 一通り笑った後、誰かが呟いた。
 そうだな、と応えるその声の中に、不安や心配の色はなく、気楽な信頼がしっかりと覗いていた。

* * *
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
Base template by WEB MAGIC.   Copyright(c)2005-2015 奇術師の食卓 紫苑怜 All rights reserved.