Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第四章 思いがけない来訪者 
* * *
――シェーレン国 王の恵みの庭『緑の館』



 砂漠の熱気を和らげる、緑が風に揺れている。
 シェーレン国の王族たちの秘密の楽園。
 先代たちの墓所ともなっているために、なかなか足を踏み入れる者はいない――だが、今その地に向かいつつある、一人の少年がいた。

「あー、あっついわぁ。ほんま…ありえへん暑さちゃう?」
 一人、唇を尖らせながら、彼は緑の離宮に近づいていく。
 キルド族の語調――そして、異色の容姿を持った少年。
「クルス…久々…やな」
 あのねえちゃん、伝言ちゃんと伝えてくれはったかな…そう呟いて。
 彼は陽炎の中を、さくさくと進んでいった。


「………」
 ティナは、ほう、とため息をついた。
 手に持ったお盆には、われながらおいしそうなおかゆが、湯気を立てて食欲をあおっている。
 いつものように、ノックをして、いつものように部屋に入る。
 いつものように、彼は――
(あれ?)
 彼女は、ちょっと息を呑んだ。
 この部屋の主は、大体背を向けて眠っているのだが、今日は違う。
 珍しく目を開けている。
 何と言い出すか少しだけ迷って、結局当たり障りのないことを、当たり障りなく言った。
「ご飯…持ってきたんだけど…」
「………」
「食べられそう?」
 視線だけで、こちらを向いたカイオス・レリュードは、すぐには返答しなかった。
 逡巡するように間を置いて、結局、悪い、と呟く。
「…」
 ティナは、その言葉に眉をひそめた。
 傍らまで歩いていって、食事を台に乗せる。
 別に、食事がいらないといわれたのが気に障ったわけではない。
 これで何日まともに食べていないのか、それが心配だった。
「…全然、無理なの?」
「…」
 近くに行くと、紛れもなく、その容態の悪さが見て取れる。
 血の気の引いた顔色に、汗が張り付いていて、喘息めいた呼気が漏れ出ている。
 額の布をとって肌に触れると、ぞっとするほどに熱かった。
 今だに、まともに起き上がることもできない。
 これでは、体力が持たない。
 こんな状態、何日――続くんだろう。
「属性継承者の反動って…」
「…」
「そんなに、キツいものだっけ?」
 ティナは首を傾げた。
 自分は、どんなに魔法を駆使しても、どんなにぎりぎりの状態で不死鳥を呼んでも――呼べてしまいさえすれば、あまり反動はかかったことがないので、こんな風になってしまうことはない。
 今までで一番困ったのは、『呼び出す代わりに向こう一定期間魔法が使えなくなる』――程度のものだった。
 一方の彼の魔力は――一般人の無属性継承者に比べれば、すごいものがあるが――属性魔法を操るにしては、そんなに高くはない、と感じていたので、そういった容量的な問題なのだろうか。
「禁術…使ったから…だろ」
「…」
 投げやりな相手の返答に、ティナは少し考え込んだ。
「禁術って、二重魔方陣と、属性の自然の理(ことわり)を犯したこと?」
「…ああ」
「…そこまで、しなくても…勝てたんじゃ…」
「そこまで…しないと、勝てないから…そこまで、したんだろ…」
「…」
「実際…ぎりぎり…だったしな」
 ため息混じりに、彼は言う。
 確かに、とティナも認めざるを得なかった。
 クルスたちに聞いた話だと、結構危なかったらしい。
「考えてみれば…」
「…」
 ティナは、何気なく、呟いていた。
「不思議よね。あんたが、――まあ、氷だけじゃなくって、水の属性継承者だったってのは…びっくりしたけど…同じ七君主を倒すのに、私と…ここまで差が出てくる…なんて、さ」
 ティナが、七君主とタイマンを張ったときは、不死鳥の隠し玉を景気よくかまして、気持ちよくあっさりと勝てた。
 もちろん、消耗していた体力で召喚がこなせるかといった不安もあった。
 しかし、反動や後遺症的な症状は、一切なかった。
 それに対して、火の反対属性だといわれる水の属性継承者であるカイオス・レリュードの場合は、同じく一対一の対戦で、禁術と召喚を使った挙句に、かろうじて辛勝したものの、禁術の反動に苦しめられる、という事態に陥っている。
 もちろん、それまでの消耗が激し過ぎたということもあるだろうが、たかが、魔力の容量が違うだけで、ここまで、違うものだろうか…
「たぶん…」
 カイオスがぽつりとこぼした。
「俺も…七君主と戦えそうな人間を見てきたこともあるし、歴史上で撃退した人間もいるが…」
「………」
「どちらかというと、お前みたいなヤツの方が、珍しいと思うぞ」
「…」
 さりげなく、自分の特殊性を断言されて、ティナは言葉を失った。
 まあ、不死鳥なんてとっておきを使える人間が、そう何人もいるわけないし、そもそも七君主なんてのを撃退できる人間すら…
(あれ…)
 ティナは、ふと思った。
 じゃあ、そんなの撃退できる自分って、一体『何者』なんだろう。
 『不死鳥』って…『何』…なんだろう。
 それは、『現在』の彼女には、知りえないことだった。
 自分の中の空白が、その答えを阻む。
「………」
「反動は…確かにきついが…七君主を退けた『対価』にしては…安いほうだろ…」
「うん…」
 『命』を落とす可能性の方が高かった。
 そう、示唆しているように彼女には聞こえた。
 当たり前のことを、当たり前に話されただけなのに、彼女には何か別の方向から光を照らされたように感じた。
「…」
 自分の中に湧いた疑念を突き止めるには、何かが足りない。
 そう――『自らの過去』という、絶対的な何かが…
「私…」
「…」
 ティナが、いいかけた時だった。
 突然、玄関の呼び鈴が鳴った。

* * *
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