「えっと…え? あなた、え?」
話を中断する形になってしまったが、ティナは取りあえず外に出てみた。
こんな離宮に人が訪ねてくるわけがないし、そもそも王の避暑地だ。
何かの間違いかとさえ思った。
限られた身分の人が、限られた目的で来ることしか出来ないはずなのに――
「キルド族の…」
「よ、おひさしぶり、やな」
ひょいっと手を上げてみせたのは、キルド族の隊商で出会った異色の容姿を持つ少年だった。
何で、こんなところに訪ねてくるんだろう。
ぱちぱちと瞬くばかりで、言葉が出てこない。
そんなティナに対して、少年はにかっと笑った。
「おれらの情報網、ナメたらいかんよ〜。離宮にちょっとしたおえらいさんの『従者』はんがいてはるって…王都で聞いてな。よくよく聞いてみたら、護衛のおねーちゃんらによう似てる人らやっていうやん?」
「………」
「そしたら、コネの使いどころや〜。キルドの人脈を使って、許可もろてきてん」
「えーと…うん」
何とか、話の大筋はつかめた。
とにかく、一時キルド族の護衛となっていたティナたちのことを聞き知って、会いに来てくれたらしい。
「ええっと…途中で契約を止める形になっちゃって…悪かったわね」
「かまわへんよ。途中まででも、結構助かったしな!」
裏表のない笑顔が、嬉しかった。
ティナもつられて、知らずに微笑む。
「まあ…そういってくれたら、こっちも気が楽ね」
「ああ。しかし、おねーさんら、よくこんなけったいな館にいるな〜」
「え、けっ…たい?」
「奇妙…てか、おかしい、てか…」
「そうなの? この館が?」
「ああ。まあ、聞いた話なんやけど」
ティナが興味を示すと、快く少年は話をしてくれた。
曰く。
「ここは、王の別荘でもあり、代々の王族の墓が隣接する、死と隣り合わせの場所ともいわれてる」
「………」
ちょっと、雲行きが怪しくなってきた。
まさか、例の『ナニ』についての話なのだろうか。
ティナは、それとなく緊張した。
恐る恐る、聞いた。
「この館に…出る…とか?」
「噂やけどな〜。いろいろ他にも館がある中でも、ここ、昔は、何代か前の――王子さまの別荘やったんやって。
その王子さま、病弱な人でなー。王族の中からも、民からも見放されて、一人でここで療養しとったん」
「………」
なんだ、その王子の亡霊か。
ソレが出るというのか。そうなのか!
(よ、よくある話よ…)
ティナは落ち着こうと努力してみた。
その間にも話は進む。
「そんな王子を、ずっと親身に看病してた侍女の女の子がおってな。すっごい献身的やったんやて。おかげで、王子はだんだん回復してきた」
「………へ?」
ティナはぱちぱちと瞬く。
そうなのか? 王子がナニではないのか。
何だやはりそうなのか。ナニの話ではなかったか…。
「その王子は、自分を看病してくれる女の子にえらい気を奪われてもうてなあ…。ほらよくあるやん。病気の男ってのは、看病してくれた女の子に惚れやすくなる、て。弱ってるときに助けられたら、男はイチコロなんやな!」
「………そんなものなの?」
「そんなもんや」
首を傾げたティナに、片目を瞑って、彼は続きを話す。
「んでな。その王子さまもすっかりほれてもうて、回復したのをいいことに、その人に――」
「その人に…?」
「襲い掛かろうとしてん」
「な!」
何て不謹慎な王子なんだろう。
看病しておいてもらって、不埒なマネをしようとは…!!
「なかなか最悪なやつね…」
「せやな〜。襲い掛かられたほうは、びっくりして」
「うんうん」
「逃げようとしたら、うっかりすっころんで、打ち所が悪くて、そのまま死んだ」
「は?」
何という、オチだろうか。
ナニの話ではないのだと、油断していたところに、そう切り返されて、ティナは目を丸くした。
いやこれは、そもそもオチと呼べるのか。
怖さよりも、空しさが、胸を一杯にしている。
「それ以来…その女の霊が…時々、出るそうなんや…」
「………」
ティナは、怖さ半分同情半分――しみじみと頷いた。
そんな死に方、死んでもいやだ。
「ま、まあ…ナニの話は、いいわよ。あなた、何か用事があってきたんじゃないの?」
気を取り直してそう切り出すと、彼はちょっと頬を掻いた。
すぐに答えはない。
少し考えてから、少年は言った。
「おねーさん…ちょっと聞いてみるんやけど…」
「うん」
「クルスに…伝言、伝えてくれた?」
「あ、ああ、あれね」
どことなく言い難そうな雰囲気に、内心首をかしげながら、さらりとティナは応じた。
「伝えたわよ」
「なんて…言ってた?」
「いや…特に、何も」
その時のくだりで、不可思議な――とても、奥深いぞっとするような目を思い出して、一瞬戸惑ったが――彼女は気を取り直して続けた。
「伝えたけど…どうかした?」
「えっとな…。ちょっと…クルス、貸してくれへん?」
「へ?」
こんなとこに、おねーさん一人、残していくの、つらいんやけどな〜、と彼は呟く。
一方ティナは瞬いた。
いきなりそんな話を持ち出されても。
「えっと…クルスに聞かないと、わたしじゃどうとも」
「せやな。まあ一応、ヤツのお仲間さんに、了解とっとかな、あかんかなおもてな」
「…うん」
「ちゃんと、迷惑料も持ってきたんやで〜。ちょっと差しさわりがあるかも知れへんから」
「…うん」
ひょいっと差し出された包みを受け取って、その独特のにおいに彼女は眉をひそめた。
――これは、薬草…だろうか。
「ええっと…これ?」
「特別な薬やで〜。どんな病気でも治せるねん!」
「え…と」
『どんな病気でも』というところに、どきりとした。
息を詰めて、ティナは問う。
「それって…たとえば、属性の反動とか…でも?」
「ああ。瀕死の重病人でも、一発で全回復や! キルド族をなめたらいかんで〜!」
「…」
そんなもの置いていくなんて、どんな迷惑料か、と思ったが、ティナは素直に受け取る。
「これって…高価なものなんじゃないの?」
「大切な仲間を借りていくんやからな。このくらい、しとかんと」
「………ありがとう」
頭を下げると、彼は照れたように笑った。
大したことやないし、と軽く手を振って、ふいに表情を改める。
「せや…そろそろ」
「あ、うん。てゆうか、クルスは…」
肝心の相棒がいない。
呼んで来ようかと、辺りを見回すと――
「ここにいるよ、ティナ」
「クルス!」
振り向くと、少年がいた。
心なし、元気がないようにも見受けたが、彼はにゃはは、と笑って言った。
「伝言は、聞いてたけど…。まさか、ここまでこられるとは、思ってなかったな〜」
「何いうてん、オレとお前の仲やろー」
「いやな仲だねえ」
「せやなー」
二人は、親しげに会話を交わす。
傍で聞いていたティナは、ちょっと驚いた。
どんな関係なんだろう。
赤の他人…にしては、どことなく似たようなところがあるようなないような。
「二人…って、どんな関係なの」
思い切って口をはさむと、その問いにはクルスが応えた。
「アニキなんだ」
「兄…」
「せや、弟やねん」
「………」
キルド族の少年も口を添えて、二人はじっとティナを見る。
確かに、眼差しが似ている。
彼女は、認めた。
「何で…離れて暮らしてるのよ…。あんたら、まだまだ子供じゃない」
一人で放浪するよりは、二人で力を合わせていたほうが、いい気がする。
――とはいえ、踏み込みすぎた指摘だったとは、言ってから気付いたが、言葉が撤回できるわけでもない。
そんなティナに対して、少年はちょっと空を見上げ、雲の様子を見る。
「ちょっと…時間がやばいな。そこらへんの事情については、また今度でええかな?」
「ええっと…うん。ごめんね。話し込んじゃって」
「じゃ、いこか、クルス」
「うん。ちょっと、行ってくるよティナ。しばらく帰ってこないかもだけど…」
「ああ、まあ家族水入らずで、ゆっくりしてきなさいよ」
半ば送り出すように、彼女は急いで言葉を放った。
二人の姿が砂漠に消えていってから、ティナはほっと息をついた。
クルスに、家族がいたんだ…。
「知らなかった…な」
消化不良のような感じが、胸のあたりに湧いてくる。
相棒のことを、驚くほどに彼女は知らない。
彼が、クルスという名前で、十才くらいで、一人で旅をしていることしか――彼女は、知らなかった。
(考えてみたら…)
彼女はふと思う。
クルスは、どうして旅なんてしているんだろう。
戦闘で、そこそこ腕は立つ。
魔法なんて、ティナと比べても遜色ない完成度だ。
あんなに――小さいのに。
「………」
カイオスのことがひと段落ついたところで、そんな疑問に悩まされるのは、少し億劫な気がした。
しかし、ひと段落ついたからこそ、考えなければならないことのような気もした。
クルスは、一体何者なんだろう。
(まあ…帰ってきたら、聞いてみようかな)
とにあえず、もらった『迷惑料』をさっそく試してみよう。
そう思って。
彼女は館の中に戻っていった。
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