――シェーレン国 王の離宮
「ぎゃー!! きゃーいやだもう!! お願いだから、どっか行って、寄らないで来ないで近づかないで呪わないで触らないで勘弁してーーーーー!!」
――あのぉ〜。そんなに驚かなくってもぉ〜。
「ぎゃー!! 喋った! 喋ったーっ!! 呪われるーーー!!」
状況は(主にティナ・カルナウスにとって)混迷を極めていた。
幽霊、幽霊が眼前に浮遊している。
部屋の片隅でゆらゆらと漂っていた。
服が侍女のものであることは、キルド族の少年が語って行った、『この館で死んだ女』の特徴と一致する。
とにかく、『出てしまった』のだ。
それは紛れもない事実だった。
話で聞くだけならばまだいい。
実際に『出た』となると、これはもう驚愕の度合いに天地ほどの開きがある。
「…何事だ」
「!!」
ほとんど呆然自失状態のティナの傍らで、突然男の声がして、ティナは文字通り飛び上がった。
それが、カイオス・レリュードのものと分かったのは、暫く経ってのことだ。
本気で心臓が飛び出るかと思った。
ティナは相手をにらみつけた。
「い、いきなり、しゃべらないでよ。びっくりして飛び上がったじゃない。大体…あんた、寝てたんじゃなかったの?」
「誰が起こしたと思ってる」
「知らないわよ」
「お前だバカ」
「バカって言わないでよ! バカって行った方がバカなんだから! バカ」
「今の理屈で言うと、バカはお前だバカ」
「あ、また言ったー」
――あのぉ〜。
「ひぃ!!」
「………」
これまた身を起こしたカイオスと、無駄口を叩いていたティナは、その声に飛び上がった。
幽霊だ。
しまった、その存在を無視して話などしていたので、きっと今からその腹いせに呪われてしまうのだ。
幽霊は孤独だから、放っておかれると気を悪くしてしまうのだ。
そうに違いない。
(ひぃぃぃ)
とっさに、近くにあったカイオス・レリュードの腕をつかむ。
相手が相手だが、仕方がない。
これは、非常時だ。
すがるものがないよりマシだ。
「………おい」
「黙ってて!! お願い、犬にでもかまれたと思って!!」
「………お前まさか…」
「な、何よ」
「あんな、無害そうなのが、怖いのか?」
ティナのあまりの剣幕に、むしろ控えめに漂っている幽霊に目を遣って、カイオスは核心をついた。
一方、ティナはその言葉に目を見開く。
無害!? とんでもない。
「あんた…甘いわね。魔族とかと違って、幽霊ってのは、呪って取り付いて、しつこく付きまとうのよ!!」
「…七君主だって、似たようなもんだぞ」
「アレのほうがマシよ!」
「………」
この女の判断基準はどうなっているのだろうか。
カイオス・レリュードは一国を支える頭脳で考えてみたが、残念ながら答えは出なかった。
付きまとって呪って取り付いて、おまけに無断で人を操るような魔の大君主の方が、よほど辟易するものだと彼には思えるのだが。
そんなやりとりを、所在無く漂いながらみていた幽霊が、控えめに発言した。
――すいません〜。どうやら、驚かせてしまったようですね。
何かをいいかけたティナを制して、カイオスの方が落ち着いた言葉を放つ。
「…お前も、なんで出てきたんだ」
――いえ〜。私、昔はこの館で、病弱で美形な王子を看病していたんですが、うっかり襲われかけて逃げようとしたら、滑って転んで死んでしまいまして。
「そ、その腹いせに、私らを呪いに来たのね!!」
「お前はちょっと黙ってろ」
「…なんでよー」
「それで?」
再び、カイオスの視線を受けた幽霊は、意外にもぽっと頬を染めた。
――久々に、この館に来たあなたが、王子と――似てないけどそれ以上に美形だったものだから、つい懐かしいなと思って、出てきちゃいました!
「………」
「………」
そんなことで、と。
図らずも同時に、二人の口から同じ言葉が零れ落ちた。
一方は怒り。
もう一方は呆れ。
「そんなことで、平穏な夜を奪ったの!?」
「そんなことで、平穏な夜を奪ったのか…」
――ごめんなさい〜。
てへっと小首を傾げた幽霊に、思わずため息をもらしたカイオス・レリュードは。
「………生命の灯よりもなお赫く…」
怒りに不死鳥を召喚しかける隣りのティナに、戦慄を通り越して、なぜか軽く感心した。
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