Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 闇に紛れた来訪者 
* * *
――シェーレン国 王の離宮



「ぎゃー!! きゃーいやだもう!! お願いだから、どっか行って、寄らないで来ないで近づかないで呪わないで触らないで勘弁してーーーーー!!」

――あのぉ〜。そんなに驚かなくってもぉ〜。

「ぎゃー!! 喋った! 喋ったーっ!! 呪われるーーー!!」



 状況は(主にティナ・カルナウスにとって)混迷を極めていた。
 幽霊、幽霊が眼前に浮遊している。
 部屋の片隅でゆらゆらと漂っていた。
 服が侍女のものであることは、キルド族の少年が語って行った、『この館で死んだ女』の特徴と一致する。
 とにかく、『出てしまった』のだ。
 それは紛れもない事実だった。
 話で聞くだけならばまだいい。
 実際に『出た』となると、これはもう驚愕の度合いに天地ほどの開きがある。
「…何事だ」
「!!」
 ほとんど呆然自失状態のティナの傍らで、突然男の声がして、ティナは文字通り飛び上がった。
 それが、カイオス・レリュードのものと分かったのは、暫く経ってのことだ。
 本気で心臓が飛び出るかと思った。
 ティナは相手をにらみつけた。
「い、いきなり、しゃべらないでよ。びっくりして飛び上がったじゃない。大体…あんた、寝てたんじゃなかったの?」
「誰が起こしたと思ってる」
「知らないわよ」
「お前だバカ」
「バカって言わないでよ! バカって行った方がバカなんだから! バカ」
「今の理屈で言うと、バカはお前だバカ」
「あ、また言ったー」

――あのぉ〜。

「ひぃ!!」
「………」
 これまた身を起こしたカイオスと、無駄口を叩いていたティナは、その声に飛び上がった。
 幽霊だ。
 しまった、その存在を無視して話などしていたので、きっと今からその腹いせに呪われてしまうのだ。
 幽霊は孤独だから、放っておかれると気を悪くしてしまうのだ。
 そうに違いない。
(ひぃぃぃ)
 とっさに、近くにあったカイオス・レリュードの腕をつかむ。
 相手が相手だが、仕方がない。
 これは、非常時だ。
 すがるものがないよりマシだ。
「………おい」
「黙ってて!! お願い、犬にでもかまれたと思って!!」
「………お前まさか…」
「な、何よ」
「あんな、無害そうなのが、怖いのか?」
 ティナのあまりの剣幕に、むしろ控えめに漂っている幽霊に目を遣って、カイオスは核心をついた。
 一方、ティナはその言葉に目を見開く。
 無害!? とんでもない。
「あんた…甘いわね。魔族とかと違って、幽霊ってのは、呪って取り付いて、しつこく付きまとうのよ!!」
「…七君主だって、似たようなもんだぞ」
「アレのほうがマシよ!」
「………」
 この女の判断基準はどうなっているのだろうか。
 カイオス・レリュードは一国を支える頭脳で考えてみたが、残念ながら答えは出なかった。
 付きまとって呪って取り付いて、おまけに無断で人を操るような魔の大君主の方が、よほど辟易するものだと彼には思えるのだが。
 そんなやりとりを、所在無く漂いながらみていた幽霊が、控えめに発言した。

――すいません〜。どうやら、驚かせてしまったようですね。

 何かをいいかけたティナを制して、カイオスの方が落ち着いた言葉を放つ。
「…お前も、なんで出てきたんだ」

――いえ〜。私、昔はこの館で、病弱で美形な王子を看病していたんですが、うっかり襲われかけて逃げようとしたら、滑って転んで死んでしまいまして。

「そ、その腹いせに、私らを呪いに来たのね!!」
「お前はちょっと黙ってろ」
「…なんでよー」
「それで?」
 再び、カイオスの視線を受けた幽霊は、意外にもぽっと頬を染めた。

――久々に、この館に来たあなたが、王子と――似てないけどそれ以上に美形だったものだから、つい懐かしいなと思って、出てきちゃいました!

「………」
「………」
 そんなことで、と。
 図らずも同時に、二人の口から同じ言葉が零れ落ちた。
 一方は怒り。
 もう一方は呆れ。
「そんなことで、平穏な夜を奪ったの!?」
「そんなことで、平穏な夜を奪ったのか…」

――ごめんなさい〜。

 てへっと小首を傾げた幽霊に、思わずため息をもらしたカイオス・レリュードは。
「………生命の灯よりもなお赫く…」
 怒りに不死鳥を召喚しかける隣りのティナに、戦慄を通り越して、なぜか軽く感心した。

* * *
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