Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 闇に紛れた来訪者 
* * *
「で? 出てきて彼の顔拝んだら、満足でしょ? さっさとあの世に帰りなさいよ」
「…お前…さっきと態度が違わないか?」
「そう? まあ、だって、無害そうだって分かったし」
「………」
 人心地ついて、突然幽霊とタメ口を聞き始めたティナは、うって代わって強気な態度で腕を組む。
 そんな彼女に何かをいいだけな左大臣は、賢明にも口を挟まなかった。

――いえ〜。まあ、そうなんですけど〜。

「いやー、それにしても、びっくりしたわ。てっきり、自分が死んじゃったからって、その腹いせで呪いにきたのかと思ってさ」

――あまり、びっくりなさってるんで、私までびっくりしてしまいました。あはは〜。

「あはははははは」
 ティナと幽霊は、朗らかに談笑を交わす。
 一人、半眼のカイオスは、限りなく冷たい視線でそのやり取りを静観していた。

――驚かせてしまったようなので、お詫びに忠告をしていきましょう。男の人には、気をつけた方がいいですよ〜。

「ふえ?」

――病気だからって、親身になって看病すると、相手に情が移っちゃうじゃないですか。

「うんうん」
 ティナは、深く同意した。
 何か、最近そんな思いを抱いている実感はある。
 熱がなかなか下がらなかったら心配だとか、うわごとで女の名前が出たらちょっとどきりとしたりだとか。

――男性の側も、まんざらじゃないんでしょうね〜。体力が回復したところを、付け込まれてしまいまして、びっくりしちゃいましたよ〜。あんなひ弱な王子も、ヤる時はヤるんだーって思いましたですね〜。

「…!」

――まあ、要するに。どんな男もケダモノです。

「け、ケダモノ」

――ええ。あなたも、くれぐれも気をつけて。

 ティナは激しく動揺した。
 こちらが気を許したところを、体力を回復した男は付け込む、というのだろうか。
「………ケダモノ?」
「何で、こっちを見る」
「な、なんでもないもん!」
 ティナは慌てて視線を外した。
 だが、会話の文脈上、彼女の思うところはばっちり相手に伝わっていたらしい――カイオスは、淡々と断言した。
「悪いが、相手くらい選ぶぞ」
「…どーゆー意味よ」
「そのままの意味だが」
「………。そ、そうよね。あんたには、『マリア』がいるんだもんね」
 売り言葉に買い言葉――とは言ったもので、つい勢いでその名を出した瞬間、相手の顔色が変わったのが分かった。
 ティナは慌てて口をつぐむが、もう遅い。
 案の定、カイオスは低く問い返してきた。
「…なんで…お前、彼女を…」
「ゆ、夢で呼んでたわよー。恋しそうに」
「………」
 引っ込みがつかなくなってしまった会話の果てに、幽霊がのんびりと口を挟む。
 空気の微妙さなど、意に介していないかのような、気楽さだった。

――あらー、もしかして今、軽く修羅場?

「誰のせいだと思ってるの」
「誰のせいだと」

――てへ。

 これまた、一致した二人の一字一句にかぶせるように、幽霊は小首を傾げた。
 ごめんなさい〜、と反省しているとはおよそ思えない口調で謝ってから。

――そうだ、あと、もう一つ。

「…今度は、なに?」

――実はね〜。この館には、私とあなた方以外に、もう一人『別の者』がいるのよね。

「え!?」
「………」
 まさか、また『ナニ』の話だろうか、と身を竦ませるティナの横で、カイオスは微かに目を細める。
 幽霊は、小首を傾げた。
 あら朝、と呟く。

――夜が明けちゃうみたいです〜。私、そろそろ消えちゃいます。

「あ、えーと、うん」

――お気をつけてくださいませね。その『別の者』、あまりいい『気』をはなっていないの〜。

 窓から、砂漠の太陽の光が一筋、差し込んできた。
 それに導かれるように消えていった幽霊の後には、ティナとカイオス、二人が残される。
 嵐が去ったような、脱力感が、場をひたひたと侵食していた。
 幽霊の意味深な一言の指し示すものが分からず、ティナは相手を見る。
「ねえ、『別の者』って、誰なのかな?」
「お前、気付いていなかったのか?」
「え?」
 むしろ、気付いているのが当然のような言葉を返されて、ティナは目を見開いた。
「どういうこと?」
「…」
 カイオスは、多少の間を置いた。
 辺りの気配を探っているかのようだった。
「今は、ナリをひそめているようだが…。俺の知る限りでは、五日前から、監視されてるぞ」
「え!?」
 誰が、何のために、というのだろうか。
 その答えを求めて待つが、カイオスは何も話さなかった。
 その代わりに問う。
「それはそうと、お前。そもそも何で他人(ひと)の部屋にいるんだ」
「………」
 考えてみればもっともな指摘に、彼女は本気で言葉をなくした。
 随分と長い時間、言うべき言葉を探してみるが、全く浮かんでこない。
 それでも、苦肉の策で何とか言葉を搾り出した。
「情が…移っちゃったからよ!」
「………」
「と、とにかく、大声を出したのは悪かったわ…。ごめんね。ちょっと寝なおしてくる…」
「…」
 じゃあね、とふらふらと部屋を出掛けたティナは、扉をくぐった後に大きく息を吐いた。
 そりゃ、騒いだのは自分が悪い。
 前面的に悪い。
 反省するべきだ。
 が。
「…つ、疲れた…」
 はあ、と再び重い吐息をついて、彼女はよたよたと廊下を進んでいった。

* * *
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