Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第八章 小休止〜少年達の秘密の話〜 
* * *
――シェーレン国 ???



 広大な砂漠の片隅を、二人の少年が歩いていた。
 一人は、茶色の髪に、黒い瞳を合わせた十歳ほどの少年。
 もう一人は、これも薄い茶色の髪に黒い瞳の、十六歳くらいの少年だった。
 背の高いほう――キルド族のナナシは、不意に振り返って、クルスを軽薄な笑みで見つめた。
「よー、久しぶりやないか〜? 元気そうやな。相変わらず、頭悪そうなガキや」
「アニキこそ、何なの? その、変な喋り方。女の子にモテないよ?」
「やかましいわアホ」
「そっくりそのまま返すよ」
 挑戦的な言葉の数々が飛び交った後、クルスは黒い瞳を細めた。
 そこには、普段の純粋さや優しさは、一切ない。
 ティナや仲間たちに見せる無邪気さは、影をひそめている。
 文字通り――殺人的な砂漠のような、渇きだけが存在した。
「何をしに来た?」
「…まあ、そう焦りなや〜」
「ヒトを連れた出しといて、何呑気なこと言ってるの」
「焦らんくても、『未来』なんて…かわらへんで〜」
「…」
 クルスの放つほの暗い気に対して、ナナシの方は、あくまでのんびりと空を仰いでいる。
 いい色の空やな、と眩しそうに呟いた。
 もやもやしたモン、全部吸い取ってくれそうや。
「お前も、かっかしてたら、そのうちハゲてまうで? クルス」
「嫌味のつもり?」
「まあ、嫌味…いうたら、そうかも知れへんな。なんせ、お互い『死なれへん』身の上や。このまま『止まった』ままや」
「………」
 ナナシは、こだわりのない調子で、空を仰ぎ続けた。
 その果てにある――星になっていった者たちを、羨ましがっているようにも、クルスには見えた。
 暫く、言葉が途切れた。
 風が二人の間を攫っていって、そして消えていった。
 さらさらとした砂が、太陽の光を反射して、流れていった。
「………不死鳥憑きの巫女、か」
 不意に、ナナシが口を割った。
 クルスは黙って、その姿を見つめていた。
「アレントゥムで、彼女の召喚を見たわ。クルス――お前の姿も、見てた」
「…へー。気付かなかったよ」
「まあ、ちょうど光の反射か何か、あったんやろ」
「…」
「ちゃんと…『予言』どおり。あの場には、『関係者』が皆揃うとったわ」
「そう…なの」
「そうや。『俺ら』も含めた属性継承者が十人と、不死鳥憑きの巫女。ばっちりや」
「けれど、魔王は、降臨しなかった。彼女が止めたんだ」
「…違うな」
 二人の少年は、殺人的な砂漠の光の中で、ひたすらに向き合っていた。
 否定の言葉を発したナナシは、哀れむような視線で相手を見つめた。
「違う。彼女の『夢』は終わって、ないんやろ?」
「………」
「図星、か」
 弟の反応を、彼は楽しんでいるようだった。
 異色の容姿を持った、キルド族の少年は、空を仰いで、呟いた。
「予言…されてたことやないか。百年前…『シェキア・リアーゼ』によって」
「…オレは、望まない」
「望むも望まないも、あらへんやろ? 『決まってる』ことや…」
「『決まって』なんかいない。現に、魔王は降臨していない」
「それにこだわるなー。まあ、魔王が降臨してもせえへんでも、多分ホントにかわらへんで? はやなるか、おそなるか…それだけのこと」
 ナナシは、朗らかに宙を見つめ続けていた。
 穏やかな笑みが、彼の瞳を漂っている。
「…」
 反対に、クルスはどこまでも乾いた視線を送っていた。
 殺意を通り越した、究極の虚無。
 見据える相手に、短く告げた。
「させない。僕は、それを望まない」
「…そうか。オレは…望むけどな。いい加減に終わりにしたいんや。この生き地獄」
「………」
 話はそれだけや、と呟いて、キルド族の少年はふと肩を竦めた。
 激しい光で目を焼く太陽を、何気なく見た。
 あんな感じなんやろうな、と呟く。
「…」
「あんな感じなんやろーな。『終わり』て」
 こちらの――見上げる人間の都合も何もお構いナシに、強制的に照り付けて、強大すぎるエネルギーで全ての命を飲み込んでいく。
 そんな、砂漠の太陽のような。
「そうかな? もっと、いいものじゃない?」
「んー? 分からんなー。その時になってみんと」
「兄貴はそれがお望みなのかも知れないけど、僕は、そんな死に方、絶対にゴメンだね」
「へー」
 ナナシは、ぱちぱちと瞬いた。
 怪訝そうに問い返す。
「じゃあ、お前はどんなんがいいん?」
「そんなの」
 決まってるよ、と彼は何気なく首を回す。
 ぱきり、と音がした。
 クルスは、透明な――しかし、どこか無邪気さをにじませて、淡々と言い切った。
「命を落とすときがあるとしたら、そのお供に飯は絶対欠かせない。だから――世界のグルメを食べてる最中、かな」
 そして願わくば、『彼女』の傍で眠ることができるなら、これ以上のことはない。
 ナナシは、そんな弟の顔をまじまじと見つめた。
「………。あ、そう」

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