Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第一章 砂漠の夜の酒場
* * *
――シェーレン国 王都 下町



「…まだ、意識が戻りませんわね…ダグラスさん」
「そうね」
 男たちが道を歩き、女たちが呼び込む――。
 そんな、色町の華やぎの中を、二人の女が歩いていた。
 異民族の証――青銀髪の髪を、夜風に流したウェイ。
 碧色の瞳が、隣りを歩く蒼い髪の女を撫ぜる。
 ジュレスは、穏やかにため息をついた。
「全く…。私たち、どうしてあの方を追いかけてしまうのかしら」
「そうよね。別に、追いかけたくてどうしようもないような男でもないのにね…」
「ウェイさん…何気に、失礼ですわよ…」
「だって、そうじゃない?」
「…」
 小首を傾げたウェイの言葉が、きっぱりと否定しきれず、ジュレスは曖昧に言葉を濁した。
 南のルーラ国で、ダグラスがいきなり『消えて』から、ジュレスたちは、彼が残した『シェーレン国』という言葉を手がかりに、魔力の高そうな場所を探すことにした。
 そして――死に絶えた都で、やっと見つけた男は、片腕を失い、深い刀傷にほとんど命を落としかけた、瀕死の重傷を負っていた。
 現在は、意識を失たまま、昏々と眠り続けている。
 宿の一室を借りて、彼の看病を続けながらも、ジュレスもウェイも、自分自身の行動に、釈然としないものを感じていた。
 どうして…ここまで、関わってしまうのか。
「…」
「…」
 何となく、物思いにふけった沈黙が、二人の間に落ちる。
 その時、人でごった返す通りを駆けてきた少年が、二人をすれ違いざまに微かにぶつかった。
「おっと、ごめんよ」
「あら、こちらこそ」
 何気なく言葉を交わして、数歩。
 ジュレスは、不意にぴたりと立ち止まった。
「………」
「どうしたの?」
 ウェイの言葉に、彼女はなんとも言えない表情(かお)をした。
「どういたしましょう」
「…え?」
「やられ、ましたわ」
 まさか、とウェイも顔色を失う。
 しばらく懐を探る仕種をしていたジュレスは、やっぱりと呟いて、肩を落とした。
「ぼーっとしてると、いけませんわね、有り金全部、すられちゃったみたいですわ…」
「…待って。確か、あんたの財布って…」
「そう」
 碧色の二対の瞳が、微妙な感情を宿して絡み合う。
 薄紅の唇で、切なげにため息をついて、ジュレスは物憂げに吐き出した。
「アレントゥム自由市で見つけた闇の石板、…一緒にとられてしまったようですわ…」
「…な」

 なんですってーーー!!
 
 と叫ぶウェイの声が、夜の砂漠の下町に深々とこだましていった。


――シェーレン国 港町



「なんだってーーーー!!!」
 砂場で遊んでいた少年が、ふと目を話した隙に行方不明になった。
 そう、ローブの青年から聞いたロイドの第一声が、すっかりと日の暮れた夜の海に響き渡った。
「…この辺を探してみたけど、いなかった」
 ジェイドは、淡々と事実を報告する。
 ロイドのあまりの大声に、他の仲間たち全員が耳を塞いでいる中で、一人平然と続きを述べた。
「この前、俺も一人の時に連れて行かれそうになったから、その類のことかも知れない」
「な、ななななななな」
「『混血児』を売買する…とか言ってた」
「何だと…!! ゆるせねぇ…!!」
 拳を握り締めるロイドの横で、禿頭の船医がのんびり口を開く。
「しかしよー、どこ連れてかれたんだろうな」
「…盗賊のことは、盗賊に聞けばいいんじゃ」
 応えたのは、最年少の戦闘員、キリだった。
 頭の後ろで腕を組んで、背伸びをするように、周りを伺う。
「ほら。この街に来てすぐに、お頭がはったおしたヤツら。あいつら締め上げて、ルート割り出せば…」
 少年の言葉が、終わらない内だった。
 電光のごとくに部屋を飛び出したロイドの勢いに翻弄されて、木の扉が風に鳴いた。
「………」
「………」
 船員の視線が、根こそぎそちらへ向かう。
 落ちた沈黙は果てしなく深い。
 闇夜の中を、突然一人で飛び出した船長が、どこに赴いたか――。
 誰一人口を開かなくとも、容易にその胸中は、共有できた。
「…あの子から目を離したのは、俺だから、今から、居場所を聞き出して来ようかと、思ってたんだけど」
「その必要もなかったよーだな」
 沈黙から、最初にローブが口を開けば、ふくよかな体格をした船大工が、厳粛に応じた。
 やれやれあの人は、といった静寂の後に、彼らは日々の雑事に戻っていく。
 船長の無傷の帰りを、完全に信じ切って。



「…シェーレン国の王都アクア・ジェラードだ」
 ロイドが帰ってきたのは、弾丸のように飛び出していってから、一刻ほど後のことだった。
 ところどころに擦り傷程度のかすり傷を負ってはいるが、それ以上のことはない。
 慌てて集合した七人の仲間たちを前に、彼はきっぱりと宣言した。
「オレ…ちょっと探してくるよ。左大臣たちも、戻ってきてねえし…。オレがちょっといなくても、大丈夫なんじゃないかと思うんだ。留守は、フェイが…」
「俺も一緒に行く」
「な」
 ロイドの言葉を遮っての発言に、口をぱくぱくとさせるロイドを尻目に、ローブの青年は、他の仲間たちに向き直る。
「元はといえば、目を離した俺の責任だから」
 との言葉に対して。
「まあ、いいんじゃないの?」
「賛成」
「賛成〜」
「賛成!」
「しっかり、留守は守ってるからよ」
「問題ない」
 一斉に上がる船員たちの掛け声に、ロイドは微妙に拗ねたような表情で押し黙った。
「………」
 オレが船長なのに。
 そんな無言の言葉が、ありありと読み取れる。
「…もしも、あの子がひどい目に遭ってたら、ロイドだけじゃ難しいかもしれない」
「…」
 副船長の言葉に、なおも口を尖らせていたが。
「分かったよ」
 結局しぶしぶ了解して、二人は夜の砂漠に、さっそく旅立って行ったのだった。

* * *
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