――シェーレン国 砂漠
「………」
「危なかったね」
日の光を裂いて飛来した飛び道具は、すべて、副船長の風の結界に阻まれた。
二人が捌いた魔物の死体が放つ血臭の間を、ばらばらと弾き落とされていく。
「な、何なんだ〜?」
「それは、俺も知らない」
さらわれた混血児の子供を捜して、砂漠を横断していた二人――ロイドと副船長の前に、突如現れた不審者。
逆光になった岩陰からの攻撃を凌いだ二人は、それ以上の言葉を交わす前にたっと走り出す。
刃が光を弾き、時を同じく岩から飛び出してきた多数の人影を、剣先で弾き飛ばした。
「な!」
「たった二人だ…!! さっさと殺れ」
怒号が飛び交う中、一閃ごとに命が消し去られていく。
一陣の風が吹き抜けた後には、泰然と立ち尽くした二人と――彼らに剣を突きつけられた男が残った。
「…何なんだよ〜。お前ら、いきなりひどいだろ」
「ロイド。どちらかというと、俺たちの方がひどいかも知れない」
淡々と呟く副船長は、足元に転がる男たちをちらりと見る。
空を仰いで、信じられない、といったように絶命している男たちの数は、二十を下らない。それが、手も足も出ずに、砂漠の砂に帰してしまっている。
「まあ、手加減してやれなかったしな」
だって、本気でかかってくるんだもんよ、とロイドは唇をとがらせる。
「いきなり、大勢でかかってくるなんてさ。ひでーよー」
「まあ、理由は知りたい」
「だよなー」
二人の視線の先で、死の一歩手前を宣告された男は、ぎりりと歯を食いしばった。
「…くっ…。何なんだ、てめーら」
「何なんだって…オレはロイドだ。『何』じゃねーよっ」
「………」
眉をひそめた海賊の船長の的外れな答えはさておいて、副船長の方が剣先を男に近づけた。
「…お前ら、こうして砂漠の旅人を狙っているのか」
「………」
「答えないのは、自由だ」
呟いたせつな、男の頬に剣の切っ先がほんの少し潜り込む。
頬に赤い筋が走り、男は噛みしめた唇にさらに力を込めた。
ロイドが何か言いたげな視線を向けるが、副船長は構わず続ける。
「…すぐに楽になれると思うな」
「おいおい…これ以上は、見るに耐えない描写になるぞ〜」
「………」
副船長は、一旦剣先を離して、ロイドの方をじっと見つけた。
「…」
「なー、ここはオレに任せろよ〜」
「…」
じーっと視線を注ぎ続けた後、ジェイドはすっと身を引く。
代わりによっとしゃがみ込んだロイドは、副船長から見えない角度になったことを確認すると、――先ほどと一転、男をかっと睨みつけた。
鬼が牙を剥いて、襲い掛かりそうな勢いだった。
「…なあ、観念しちまえよ」
低い声音に、先ほどの気楽さは全くない。
底光りする本気が、無言の相手を圧倒した。
「…ホントに…死んだ方がよかったって…後悔するぞ?」
「………」
息を呑んだ男の汗が、三倍に増える。
緊張を孕んだ、無言の沈黙がしばし流れ――やがて、大きくため息をつくと、やっと口を開いた。
「…俺らは、何も知らねえ…。ただ、ここらを仕切ってるヤツらが、混血児と旅人を襲えって…」
やらなきゃ、オレたちがシメられる、と男は押し殺した声で応えた。
それを聞いて、ロイドはふいっと顔を上げると、こちらを見下ろしていた副船長と視線を合わせた。
ころっと普段の調子で、無邪気に問う。
「えっと…つまり、こいつに聞いても解決しないってことだよな?」
「まあ、そうだね」
「こいつを殺しても、同じようなヤツらが、俺らみたいな旅人を襲うってことだな」
「…そうだね。上を潰さない限り」
「………」
副船長には、経験上ロイドが考えていることが、手に取るように分かった。
そこで、淡々と先回りする。
「とりあえず、そこの男に、『上のヤツら』のことを聞き出した方が」
「そうだな」
「「………」」
二人に見つめられた男は、再びごくりと唾を飲んで、
「…ふん…多分あんたらでも敵わねえ相手だ…。五年くらい前、弟ってヤツと一緒に乗り込んできて、ここらへん一帯、全部をシメやがった…。ミルガウス人だって話だが…あの身のこなし方…。てっきりお坊ちゃんだと思っていたらとんでもねえ」
ロイドは、副船長と顔を合わせる。
「なあなあ、これって、オレたちの船のガキがさらわれたのと、関係があるんだよな」
「どうやら、シェーレン中のごろつき組織的にまとめ上げて、かなり計画的に襲わせてるらしいね」
「…」
何か、大事になりそうだなあ、とロイドは呟く。
最後に、とため息混じりに再び聞いた。
「そういう、さらった獲物、どこに閉じ込めとくんだ? さらう目的は分からなくても、そのくらい、知ってんだろ」
「…」
ごくりと唾を飲み込んだ男は、
「――『死に絶えた都』」
押し殺した声で応えた。
その、名前に、
「………」
ロイドと副船長。
二人は思わず、視線を重ねた。
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