――シェーレン国 緑の館
「………」
ティナは、悩んでいた。
朝日の輝く早朝――緑の館に、突然現れた女。
清楚で、まるで外の世界に触れたこともない、箱入りの娘のような――。
自分とは、まったく住む世界が違う人間だと、一目で分かった。
彼女の瞳はただひたすらに、金髪の青年――カイオス・レリュードをみつめていた…。
そして、彼が呟いた名前。
『マリア』。
「マリア…」
それは、属性の反動で熱に浮かされていた彼が、うわごとで呟いた名前、だった。
そんな状態にあって、呟くような女性。
やはり彼の、ナニなのだろうか。
あんな清楚でおしとやかなのが好みなのだろうか。
どうでもいいはずなのに、どうでもよくない。
なんだろう、この消化不良のようなむかむかとした感じは。
「………」
突然の少女の出現に動揺するティナを尻目に、少女は、その透明な瞳でカイオスを誘った。
『昨日のお礼』がしたいので、少し時間が欲しい、と。
(『昨日』って…)
アルフェリアとカイオスが、連れ立って『夜の町』に繰り出していった、そう正にその時のことだろう――。
そこで接触して、さらに『お礼』となると…。
(…まさか…)
一夜のナントカの話だろうか。
未知の世界だ。
「………」
関係ないはずなのに、心は晴れない。
相変わらず部屋から出てこないアベルや、自分たちを観察する『誰か』の目のことなど、今の彼女の眼中には、まったく入っていなかった。
悶々としていると、ふと誰かが訪ねてきたけはいがした。
慌てて我に帰り、出迎えた彼女の前に立っていたのは。
「アルフェリア…」
「よーティナ、昨日は留守番ありがとな。アベル、迎えに来たぜ」
『昨日の出来事』を知る人間が、気安い調子で片手を上げた。
■
「え、昨日? カイオスと酒飲んでたら、たまたま女の子がカラまれてたんで、ソレ助けたぜ?」
「………」
「で、そいつ城の方に帰るっていうから、オレが送っていったんだが…」
「そう、だったんだ」
「ああ。まあ、何かしらねーけど、カイオス、妙に驚いてたけどな」
「…」
「あれ? 野郎は?」
「その、女の子と連れ立って、出て行った」
「………」
ティナから尋ねられて、昨晩の一連の出来事を語った将軍は、珍しくぶっきらぼうなティナの答えを聞いて、まじまじと彼女の顔を見た。
「…まさかもしかして、ヤいてんのか?」
「まさか!」
そういうわけではない。
ただ、ちょっと悶々とするだけで。
「違うわよ…。なんか、驚いた顔してたから…気になって」
「確かに、ちょっと気になるわな。昔の女とでも再会したのかな?」
「!」
何気ないアルフェリアの言葉に、ティナはうっかり冷静さを失いそうになった。
このまま話していると、我を忘れそうだったので、さっさとアベルを引き渡して、お取引願うことにする。
「…ま、まあとにかく…。アベルも待ちくたびれてると思うから…」
「そうだな」
そうして、終始無言で下を向いていたアベルと、アルフェリアを送り出してから、ティナはぽつんと一人残された。
旅を始めてから、――否、そもそもクルスと出会ってから。
一人でいる時間というのが、随分と久しぶりな気がする。
何かが、落ち着かない。
「…さて…館中掃除でも始めるかな…」
雑念を振り払う方法は簡単だ。
身体を動かしていればいい。
気持ちを切り替えるために、うーん、と一伸びして、彼女は普段の調子で歩き出した。
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