Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第三章 忍び寄る影 
* * *
――シェーレン国 緑の館



「………」
 ティナは、悩んでいた。
 朝日の輝く早朝――緑の館に、突然現れた女。
 清楚で、まるで外の世界に触れたこともない、箱入りの娘のような――。
 自分とは、まったく住む世界が違う人間だと、一目で分かった。
 彼女の瞳はただひたすらに、金髪の青年――カイオス・レリュードをみつめていた…。
 そして、彼が呟いた名前。
 『マリア』。
「マリア…」
 それは、属性の反動で熱に浮かされていた彼が、うわごとで呟いた名前、だった。
 そんな状態にあって、呟くような女性。
 やはり彼の、ナニなのだろうか。
 あんな清楚でおしとやかなのが好みなのだろうか。
 どうでもいいはずなのに、どうでもよくない。
 なんだろう、この消化不良のようなむかむかとした感じは。
「………」
突然の少女の出現に動揺するティナを尻目に、少女は、その透明な瞳でカイオスを誘った。
 『昨日のお礼』がしたいので、少し時間が欲しい、と。
(『昨日』って…)
 アルフェリアとカイオスが、連れ立って『夜の町』に繰り出していった、そう正にその時のことだろう――。
 そこで接触して、さらに『お礼』となると…。
(…まさか…)
 一夜のナントカの話だろうか。
 未知の世界だ。
「………」
 関係ないはずなのに、心は晴れない。
 相変わらず部屋から出てこないアベルや、自分たちを観察する『誰か』の目のことなど、今の彼女の眼中には、まったく入っていなかった。
 悶々としていると、ふと誰かが訪ねてきたけはいがした。
 慌てて我に帰り、出迎えた彼女の前に立っていたのは。
「アルフェリア…」
「よーティナ、昨日は留守番ありがとな。アベル、迎えに来たぜ」
 『昨日の出来事』を知る人間が、気安い調子で片手を上げた。


「え、昨日? カイオスと酒飲んでたら、たまたま女の子がカラまれてたんで、ソレ助けたぜ?」
「………」
「で、そいつ城の方に帰るっていうから、オレが送っていったんだが…」
「そう、だったんだ」
「ああ。まあ、何かしらねーけど、カイオス、妙に驚いてたけどな」
「…」
「あれ? 野郎は?」
「その、女の子と連れ立って、出て行った」
「………」
 ティナから尋ねられて、昨晩の一連の出来事を語った将軍は、珍しくぶっきらぼうなティナの答えを聞いて、まじまじと彼女の顔を見た。
「…まさかもしかして、ヤいてんのか?」
「まさか!」
 そういうわけではない。
 ただ、ちょっと悶々とするだけで。
「違うわよ…。なんか、驚いた顔してたから…気になって」
「確かに、ちょっと気になるわな。昔の女とでも再会したのかな?」
「!」
 何気ないアルフェリアの言葉に、ティナはうっかり冷静さを失いそうになった。
 このまま話していると、我を忘れそうだったので、さっさとアベルを引き渡して、お取引願うことにする。
「…ま、まあとにかく…。アベルも待ちくたびれてると思うから…」
「そうだな」
 そうして、終始無言で下を向いていたアベルと、アルフェリアを送り出してから、ティナはぽつんと一人残された。
 旅を始めてから、――否、そもそもクルスと出会ってから。
 一人でいる時間というのが、随分と久しぶりな気がする。
 何かが、落ち着かない。
「…さて…館中掃除でも始めるかな…」
 雑念を振り払う方法は簡単だ。
 身体を動かしていればいい。
 気持ちを切り替えるために、うーん、と一伸びして、彼女は普段の調子で歩き出した。

* * *
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