Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第二章 緑の館の朝
* * *
――シェーレン国 砂漠



「寒いな」
「砂漠だから」
「なんで、砂漠なのに寒いんだろな?」
「夜明け前だから」
「なんで、夜明け前だと寒いんだ?」
「砂漠は寒暖の差が激しいから」
「おー」
 不毛な会話を繰り広げながら、砂の大地を踏みしめる、二つの人影があった。
 大柄な赤紙の男――ロイドと、ローブに包まれた風貌をした青年、副船長だ。
 吐息も白く凍る、明け始めた空の彼方を見ながら――ロイドはうきうきとはしゃぐ子供のように機嫌がいい。
 さらわれた混血児の子供を捜しに、シェーレン国の王都へ――。
夜通し歩いたとは思えないほどの、元気のよさだ。
「ロイド…疲れない?」
 さすがにローブが突っ込むと、海賊船の船長は、きらきらとした目で相手を見た。
「だって、夜明けの砂漠とかって、滅多に歩かねーだろ!? 昼とは見える景色とかが全然違うからさ! 面白くねえ?」
「うん、まあそれは否定しないんだけど」
「おうおう」
「その代わりに」
 昼間は暑さでバテてる魔物の類が、夜は一気に湧き出してくる。
 夜の砂漠を横断する人間はそんなにいないので、格好の餌食になってしまうわけだ。
「これで…十回目…かな」
「おおーー。十回目か! ホントよく遭うよなあ…っ。よっし! 負けねえぞーー!」
 二人がふと足を止めた先に、わらわらと立ちふさがるいくつもの影――。
 砂漠を横断する旅人を狙う魔物に、足を止められるのは、そう珍しいことでもないのだが。
「時間がかかって、しょうがない」
「仕方ねーだろ。オレたちが力をあわせれば、楽勝だよ!」
「…」
 気楽に笑うロイドと対照的に、どこかあきれた調子で副船長が背中合わせに構える。
「ローブとらなくて大丈夫か?」
「いいよ。万一、他人に見られたら、厄介」
「そだな!」
 よし、やるかと笑ったロイドの、自身の身長ほどもある大剣が、空を裂いて獲物のど真ん中を直撃する。
 大振りな攻撃は、破壊力は絶大だが、その後の隙も半端なく大きい。
 振りかぶったロイドの脇を狙うように飛来した影を、副船長の剣閃が、一瞬で斬って捨てた。
 互いの動きを補うように。
 砂漠の戦闘は、さくさくと進められていった――。



「おー、終わったな」
「早かったね」
「まあなー」
 十数分の後――。
 襲い掛かった魔物を、綺麗に土に返した二人は、獲物を濡らした露を払って、一息つく。
 砂漠には、朝の光が満ち、その荘厳な姿をさらし始めていた。
「この調子で行けば、三四日で、王都まで行けるかな?」
「そうだね…」
「…」
 ロイドに応えた副船長の視線が、彼の遥か彼方――太陽の昇りつつある東を眺める。
 逆光になって、視界はよくない。
 しかし、その中に何か――岩陰の隅に、人影のようなものを大勢見止めた瞬間、彼は反射的に叫んだ。
「ロイド、伏せて!」
「!?」
 同時だった。
 太陽の方向から、一斉に飛来した飛び道具が――二人の姿を覆い尽くした。

――シェーレン国 緑の館



「あ…朝日」
 会話が途切れて、幾分がした頃のことだった。
 ふと、薄暗い緑に光が差して、木漏れ日がきらきらと光った。
 夜が、明けたのだ。
「すごい…砂漠とは、思えない」
 どこまでも水平に続く砂の地平線に、太陽が姿を現し、その威容を光と共に空に描きながら、砂に影を落としていくのも、なかなかに見ごたえの在る光景だ。
 しかし、殺伐とした乾燥地帯にあって、緑と光の織り成す朝を拝めるのも、なかなか得をした気分だった。
 眩しさに目を細めたティナは、ふとここにはいない仲間たちに思いを馳せる。
 まだ帰ってこない相棒――そして、副船長。
「ジェイドって…」
 心のままに、言葉にした。
「ちゃんと、船に帰れたかな」
「…あのローブのヤツか」
「うん」
「そういえば、姿が見えないな」
「………」
 何気なく話に乗ってきたカイオスの、何気ない言葉に、ティナは思わず思考を止める。
 しまった。
 副船長の正体云々や、その後の動向――意識を失っていたカイオスに一切、話していなかった。
「…あの…」
「何か」
「副船長…ね」
「…」
 カイオスに、ジェイドが混血児であることを自分の口から言っていいものか――。
(まあ、私もクルスから聞いたことだし)
 と思って、ティナは結局ストレートにありのままを伝えた。
「私自身は、七君主にやられた後だったから、覚えてないんだけど…。死に絶えた都の戦闘でローブが取れちゃって、その中身が、混血児…だったらしいのよ、ね」
「そうだったのか」
「それで、アベルとかに拒絶されちゃって…船に帰っちゃったみたい」
「なるほど」
「あの…」
「何か」
「驚かないのね」
「…」
 混血児、と言えば、そもそも得体の知れないとされている異民族が、天使をその身に宿したさらに得体の知れない存在だ。
 ティナ自身は、二年前からしか記憶がないので、そこまで差別意識はないのだが…――子供の時から『混血児は忌むべきもの』と教えられている一般的な人々は、それゆえ混血児に対する憎しみを顕わにする。
 カイオスは、そういった意識は持っていないのだろうか。
「…繰り返すようだが、俺の出自の方が、よほどありえない話だろ」
「あ、…うん」
「…」
「じゃあ、混血児とかは…平気なんだ」
「ああ、いや」
「?」
 珍しく煮え切らない返事をする彼に、ティナは首を傾げる。
 無言で待ち続けると、言葉を選ぶような沈黙の果てに、彼は口を開いた。
「…『ミルガウスの左大臣』が」
「…」
「混血児を受け入れる、なんて噴飯ものの話だからな」
「そう…なの」
「政治的に、国は混血児を利用し続けてきた。内部が一つにまとまるために」
「…」
「そのためには、共通の敵をつくる――それが、一番手っ取り早い」
抽象的な内容に、ティナはさらに首を傾げる。
 何となく、分かるようで分からない話だ。
 そんなティナに、カイオスはさらに言葉を重ねる。
「例えになるか分からないが…十年近く前、ゼルリアで後継者戦争が起こった。その結果、ゼルリアを支える四人の将軍が、四人とも入れ替わったんだが…」
「うんうん」
「黒竜は――知っての通り、ゼルリアと縁もゆかりもない流れ者。赤竜サラは、現国王ダルウィンに離反した『大逆者』グランの実妹。白竜ベアトリクスは、貴族の出身だが妾腹で虐待同然の不遇を囲っていた。青竜ジョニーは、そもそも剣すら持てない」
「…え?」
「彼は剣すらまともに持てない」
「………」
 ミルガウスとためを張る軍事大国ゼルリアの、四人の柱の一人が、剣もまともに持てないとは。
 権力を持っている人間全員が、なにかしらの問題を抱えている――ように見受けられる。
 その一方で、現在のゼルリアの強さは、――即ち、その結束力の堅さを示している。
 にわかには信じられない話だ。
「えっと…。それって、ホントの話?」
「冗談半分に、同盟国の名誉を毀損してどうする」
「…確かに」
「ちなみに、現国王ダルウィンは、当時最も王位から遠いとされていた上に、風評も最悪だった」
「………どんな風評?」
「『箸にも棒にもかからないようなバカ王子』」
 ティナは、めまいがしそうになった。
 そんな国が、どうやって団結しているのだろう。
「それって…、反発とか、喰らわなかったの?」
「喰らっただろうな。だが、ちょうどそのタイミングで、ミルガウスが戦争を吹っかけてきた」
「…」
「当時ドゥレヴァはやりたい放題に無謀なことをやっていたからな」
 『賢王の粛正』――実際は、粛清と呼ばれる。
 長年の同盟国に戦争を仕掛けた理由は――ゼルリア国王ダルウィンが、通常の後継者争いとは異なった方法で王位についたため、それをよしとせず、断罪する――という、はた迷惑極まりない理由だった。
 戦争に反対した人間は、――ドゥレヴァの気に少しでも触れた人間は、根こそぎ弾圧されたと聞く。
 ティナは実際一度だけ国王に会ったことはあるが、語尾が変なおぢさんとしか思わなかったので――とても意外だったりした。
 風評だけ聞くと、人の生き血でも飲んで暮らしてるんじゃないかと思えるくらい、血塗れた人間だと思っていたのだが。
「誰も、戦争…止めなかったのよね」
「『止められなかった』、といった方が、正確かもな。当時ミルガウスでも軍事の最高責任者の右大臣と、次期右大臣候補が反対したが、右大臣は死罪、右大臣候補は国外追放を言い渡された」
「………」
「ゼルリアにとっても、迷惑な話だったが、一つだけ、統治上役に立ったことがあった。ミルガウスという共通の敵を持つことで、ゼルリア内部が一致団結することができたんだ」
「…なるほど、ね」
「思想や信条が違う人間たちがまとまるためには、共通の敵を作るのが、一番手っ取り早い――『天使』を宿した混血児は、その最たるものだ。長年――さまざまな国で、利用されてきた」
「………」
 つまり、とティナは考える。
 そんな風に混血児を利用してきた国家の、一番の地位にいる人間が、混血児を認めることはできない――そんな風に、彼は言いたいんだろう。
「けど」
「…」
「ミルガウスの左大臣とかって立場じゃなくて、あんた自身が、あんた自身の考えを話してくれても、いいんじゃないかとも、思うんだけど…」
「………」
 彼は、ティナの言葉を受け取ったあと、多少の沈黙を挟んだ。
 言葉を言うために口を開きかけたところで、ふと、その視線が上がる。
「…」
「…」
 ティナも、はっと顔を上げた。
 緑の館にいたる道――それを踏みしめながらこちらにやって来る人間が、いる。
(誰…)
 反射的に思い浮かぶのは、自分たちを監視する、誰かの『目』。
いよいよ、仕掛けてくるのだろうか。
そう、身構えたとき。
(え?)
茂みの向こうから、人間の影が、吐き出された。
 その、威容を見て、ティナは思わず気が抜ける。
 女の子――自分よりも、五才くらい年上だろうか。
 どこか、頼りなげにも見える。
 砂漠の強風にさらわれる、行き場のない砂のような。
 そんな娘が、こころなし真っ青な顔をして、姿を現したところだった。
「あなた…」
「………」
 何の用で、こんな早い時間に、こんなところに訪れるのだろう。
 というか、むしろ、誰?
 首を傾げたティナは、隣りに佇むカイオスが、珍しいことに――顔色を変えたことに、気付かなかった。
「…マリア」
 ふと、呟かれた言葉をティナは、聞いた。
 ――聞いて、しまった。
(え?)
 どきり、と心臓が跳ね上がる。
 無言の視線の先で、カイオスはじっと少女に視線を注いでいる。
 彼女は、おずおずとした調子で切り出した。
「昨日は、ありがとうございました。改めて、お礼を申し上げようと思いまして」
 そう、視線を上げた、砂漠の民特有の瞳が、金髪の青年を――じっと、その中に映し込んで不可思議な色に輝いていた。

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