Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第三章 忍び寄る影 
* * *
――シェーレン国王都 アクアジェラード大通り



「…石板が」
 偶然に再会した女達――ジュレスとウェイから放たれた言葉に、普段はその表情をほとんど変えようとしないカイオス・レリュードも、さすがに目を見開いて動揺を見せた。
 砕け散ってから、どれほどの思いで追いかけてきた石の欠片。
 それを、見つけたという言葉と、よりにもよって裏の世界の人間に、スられたという事実。
 力を持たない人間の手に渡る危険と、裏の世界で使われることの危険。
 無意識に、身体が一歩踏み出していた。
 怒鳴りつけたい衝動を、彼は苦労して抑えた。
 自制心を総動員して、低く紡ぐ。
「…どこで」
 擦れた声での問いかけには、ジュレスの方が応える。
「…裏通りのほうですわ…。肌身離さず持っていたんですけど、それが逆に仇になってしまったみたい」
「………」
 裏通り。
 そのたった一つの言葉で、彼は取るべき行動を定めた。
 そっけない態度で頷くと、二人の女性に礼をとった。
「すまないが、行くところがあるので、これで」
「………」
「ええ…」
 美女たちのもの言いたげな視線を、気持ちのいいほどさらりと受け流し、彼は人ごみに紛れようと、身を翻す。
 そこに、
「あの…」
 二の腕に触れるように、押し止めたのは、――申し訳ないことに、すっかりと存在を忘れ去ってしまっていた――マリアに似た少女だった。
 可憐な容貌に合わず、意思を秘めた瞳で青年を見上げた彼女は、きゅっと引き締めた口を――泣きそうにゆがめた顔を――震えながらほころばせた。
「私も…連れて行っていただきたいのです。あなたが、行こうとしているところに」
「………」
「お邪魔になるのは分かっています。けれど、あなたが行こうとしているところに――昨晩、私も、行きたいと思ったのです。どうか…」
「………」
 カイオスは、暫く無言だったが。
「あなたからは、いろいろと伺う必要があるようですね」
 そうとだけ呟いて、連れ立って早足に歩き出した。


――シェーレン国 砂漠



(待っててよ! クルス…)
 緑の館を出て、死に絶えた都へ――。
 一路、彼女は足を動かしていた。
 一旦砂漠に出た後、とるべき行動について改めて考える。
 転移の魔法を使って、死に絶えた都に直行するか、それとも一応カイオスやアルフェリアに話をしてみるか――。
「………」
 考えながらも、砂の国のからりとした風を受けて、ティナはひたすら前を目指す。
 晴れ渡る空は、今日も、晴天。
 こんなに、すがすがしい気候であっても、今の彼女には、その熱気は逆に仇だった。
(暑いわね…)
 流れる汗の不快感に耐えられず、服の袖で拭う。
 ふうっと息をついて、それでも進もうとしたティナを、―― 一陣の風が、通り抜けていった。
 不気味な、黒い邪気を帯びた風が。
「!?」
 思わず、身構える。
 瞬きの、次の瞬間。
 砂漠の砂が、突然吹き荒れたと思うと――視界を遮った後に、一人の少年を吐き出した。
 薄汚れた――下町をうろついていそうな痩せた少年だ。
 一見すると、何の変哲も無い。
 空ろな目と――その手に、古びた石の欠片を持っていることを、除けば。
(闇の石板!!)
 ティナははっと身構える。
 状況が、すぐにはつかめない。
 おそらく――魔法に乏しいであろう、少年が、なぜそんな欠片を持っているのか。
 そして、どうしてあんな目をしているのか。
 そう――まるで、七君主に操られていたときの、カイオス・レリュードのような。
「ちょっと、あんた…」
 踏み出したティナが、言葉を紡ぐよりも早く、少年は石板を持った手を掲げた。
 魔力が、立ち昇る。
 邪悪な波動が、ちっぽけな石を解して、空気までも黒く染める。
 呼吸が、出来なくなったように感じた。
 思わず眉をひそめて、それでも必死にそちらを見る。
(七君主…?)
 なぜ、どうして。
 その先を、考える時間を、彼女は与えられなかった。
「………ころ…す…」
「!?」
 少年が呟いたのと、ティナが身構えたのは、同時だった。
 石の欠片から放たれた、場を包み込んだ光が、一瞬で消え去ると――そこには、ウソのように、何者の姿も、存在することは、なかった。

* * *
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