――シェーレン国 砂漠
「んで? そろそろ話してもらおうか。俺たちをわざと分かるように見張ってたワケ。ついでに、俺に接触してきた理由」
「………」
炎天の砂漠に馬を走らせて、幾ばくの時間が経っただろうか。
シェーレンの城の中で、自分に話しかけてきた謎の男――賊とは思えないほど、立派な体躯に敬虔な雰囲気を携えた黒髪黒目の風貌を持つ傑物――の言うままに、死に絶えた都へと向かうアルフェリアは、日よけのフードから少し目を覗かせ、隣りを駆ける男の顔を、あえて軽い調子で見止めた。
「…」
男は、暫く黙していた。
やがて、呟いた。
「私は、元はシルヴェアの宮廷にいた」
「ああ。姿形からして、そんな感じだな」
「賢王の粛清の折に、城を追われ――、弟以外の親族を、すべて…亡くした」
「………」
深い声は、乾いた大地に吸い込まれていく。
アルフェリアは、そうかとだけ呟いた。
その頃のミルガウス――シルヴェアは、賢王と呼ばれた男の下、じわじわと国を『滅ぼされて』いる最中だった。
――そう、ゼルリアの将軍は、考えを巡らせていった。
アルフェリアがゼルリアの将軍に迎えられて間もない頃には、ゼルリアの王位継承の仕方に問題があったと難癖をつけられて、長い間の同盟を破り、一方的に攻められたほど、その横暴は、極まっていた。
その頃になると、王の暴挙を止める家臣もほどんど残っていなかったが――その際に、ゼルリアへ戦争をしかけにいく何万もの兵を、たった一人で止めた人間がいるという逸話を、彼は聞いたことがあった。
進軍するドゥレヴァに真っ向から向き合い、どうかこの戦争を思いとどまるよう、丸腰で対峙して、手を大地について懇願した。
アルフェリア自身は面識はなかったが、時期右大臣を熱望されていたほどの逸材だったらしい。
臣下の決死の制止に、王は無情にも言い放った。
止めたくば、裸で犬の真似でもしてみせよ、と。
あまりの言動に、周囲の人間が息を呑んだ中、臣下は、王の言うまま、四足で走り回ったという。
それを見て冷笑した王は、誇り高きその臣下のことを、気が触れたと吐き捨て、一族ごと王宮から一掃したらしい。
そんな出来事が――さして珍しいことでもなく行われていた時期。
眼前の男がいう、『弟以外の親族皆殺し』は、決して特別なことではない。
「それで、シェーレンに転がり込んで、賊の真似事してたってわけか」
「…」
「とある裏の筋の情報じゃ、混血児や異国人のガキとっつかまえて、どっかに流してるらしいな」
「そうだ」
彼は、淡々と言った。
「背後には、シェーレン国の女王が自ら関わっている。もちろん、王宮の中でも、ごく少数の者にしか、知らされていないことだ。事が公に知れたら、大変なことになる。そんな中、あなたたちが訪れた」
「まあ、探られて痛いところもあるってことで、監視するわけだな」
「ああ。あなたにはオレが、緑の館の方には弟が」
「…気配つかませて探らせてたのは」
「気付いて欲しかったからだ。この国の現状に」
「………気付いて、外側からぶっ壊して欲しかったとか?」
「…俺たちが、『売買』の対象にするのは、混血児と――『異国人』だ。シェーレン人以外の」
「………」
黒髪黒目の男が呟いた――『異国人』という言葉の響きが、その体躯から意外なほど、打ちひしがれて聞こえた。
おそらく、売買の対象には、シェーレンの人にとっては『異国人』だが、彼にとっては『同国人』に当たる人間たちもいたのだろう。それを――本気で、悔いている。
(やっぱ、ただの賊じゃねーな)
アルフェリアは感じた。
国家を挙げて行っている闇の売買の、賊側の取りまとめをしているということは、この男、相当裏に顔が効くのだろう。一方で、弱者をいたわる表情は、そんな真っ当でない商いを、憂いていることをひしひしと伝えている。彼は、本心では、この稼業から足を洗いたがっているのだろう。もしくは、この惨状を誰でもいい――外部の、影響力を持った人間に伝えたかった。例えば、ゼルリアやミルガウスが、シェーレンの内情に感づいた素振りを見せれば、それだけで、抑止の効果は期待できる。
それが、ゼルリアの将軍やミルガウスの左大臣らに対する、『不自然な』監視となって現れた――ここまでは、納得がいくものだが。
「それが、なんで『水の巫女』の失踪と、死に絶えた都に来て欲しいって話になんだよ」
「…」
話は変わるが、と男は重々しく切り出した。
その顔のどこにも、すでに先ほどの陰りはない。
「シェーレンの地方の港に停泊していたとある海賊たちの船長と、その右腕のローブが」
そのくだりで、アルフェリアは、何となく嫌な予感がした。
世界に海賊の船長は数多けれど、ローブをかぶった副船長を従えているヤツはそうそういない。
「どこかで、人攫いのことを聞き知ったらしく――アジト…――死に絶えた都に乗り込んでくるという情報があった」
(…ロイドか)
ローブの腹心を持つ、人助け大好きな海賊の船長など、アルフェリアは一人しか知らない。
これで、『赤髪の戦鬼』などと呼ばれていたら、確定的だ。
案の定。
「知っているだろう。――『戦鬼』と呼ばれる男だ」
「なるほど…あいつが動いたのか」
別に、ロイド個人が行動を起こすことは、大した問題ではない。
むしろ、この場合問題なのは、この『ロイド』という男が内外共によーく知られた、『ゼルリア国王の義兄弟』ということだ。
つまり、彼の行動が――その真意を問わず――ゼルリア国家としての動きと勘ぐられてしまえば――事の露見をなんとか避けたいシェーレンとしては、何か方策を立てなければいけないことになる。
アルフェリアが、シェーレン国の立場だとすれば、迷わず行動する――闇の売買をしていた『真犯人』をでっち上げ、すべての罪をかぶってもらって消えてもらう。それから、暫くは、ほとぼりが冷めるのを、待てばいい。
「何だ? 人柱を出せって強要されたってか?」
「…すでに、人質を取られた可能性がある」
「…なるほど」
状況が、短いやりとりの中で、鮮明にされていく。
「あんたは、その人質を助けたいわけだ。しかも、オレ――つまり、ゼルリアにとっても、この話は外交上の手札となる。それで、オレに一役買え、と」
「…ご拝察、痛み入る」
「…」
(賊っぽくねーやつだよなーホントに)
律儀に頭を下げた『賊』に、アルフェリアは何度目かの心象を抱いた。
そこにあるのは、粗野な横暴さではなく、礼節をわきまえた騎士そのものに見える。
先ほど、彼は自分のことを、シルヴェアを追い出された身の上だと話したが、相当に地位のある人間だったのではないかと思われた。
賢王が――殺すのを惜んだほどの。
「………そろそろ、遺跡だな」
「ああ」
二人の男は、駒の速度を上げて、砂の大地を駆ける。
はるか行く末に――砂塵の吹き上げる遺跡が、うっすらと姿を現し始めていた。
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