Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第五章 砂荒れる地の涙 
* * *
――シェーレン国王城



「そろそろ行きましょうか」

 少女は呟いた。
 黒い髪が、風になびいた。
 そして、次の瞬間には、彼女の姿は、建物のどこにも存在しなかった。


――シェーレン国 宿屋



「信じ…られませんわ」
「そう…よね、確かに…」
 ジュレスとウェイ、二人の女性達は、思わず顔を見合わせていた。
 財布に入れていた、闇の石版を盗まれて、探すこと約半日。
 街中でカイオス・レリュードと邂逅し、そのことを話した後、結局何も収穫なく、とりあえず怪我をしたダグラスの様子をうかがいに、戻ってきたのだったが…。
「確かに、彼は、手を無くして…いたわよね」
「ええ。思い切り、肘から先が吹っ飛ばされてましたわ」
「…今は、ちゃんと両腕そろってるわよね」
「ちゃんと…揃ってますわね」
 言葉だけが、唇を割って空しく流れていく。
 『死に絶えた都』で倒れていたダグラスを介抱することにして、宿に運びこんだのはよかったが、彼の様子は悲惨を通り越して無残なものだった。
 片腕は鋭利な刃物で切り飛ばされ、身体にも一刀の元に振り下ろされた深い裂傷があった。
 迷いもためらいもなく、すっぱり下された斬撃。
 生きているのが、不思議だった。
 だが、二人の手当てがよかったのか、生死を天に任せるような心地だった容態も、大分安定し、意識は戻らないながら、ほっと安心していたのだったが――
「まさか…消失した体が、『再生』、するなんて」
「混血児じゃあるまいし…」
「そう、ですわね。正に『混血児』ですわよね、これじゃ」
 『混血児』は、天使の力によって、何度命を落とそうと、何度でも身体が蘇る――拠り代となった、その人間の生命力が尽きるまで。
 それは、ウェイもジュレスも身に染みてよく知っていた。
 今は魔力でごまかしているが、彼女のたちの真の姿は、銀髪藍瞳の混血児だ。
 だが、ダグラスは混血児特有の銀の髪も、藍の瞳も持っていない。
 そんな人間の身体が、何の魔力の助けもなしに――あったとしても――再生するとは。
「知りたいか?」
「!」
「誰ですの」
 独特の発声に、それがキルド族の放つ言葉だと気付いたのは、しばらく後のことだった――とっさに声の方向に振り向いた二対の視線の先に、少年の姿があった。
「おねーさんたち、言葉を交わすのは、始めまして、やな」
「………」
「いつの間に…」
「まあまあ、そんな怖い顔、せんといて。せっかくの綺麗な顔が、台無しやっ」
 茶目っ気をそのまま絵にしたような仕種で、彼はにこっと微笑んだ。
 幼ささへ残る顔の中で、深々と光を放つ黒い穴が、奈落の底へと通じているようだった。
「そこのおにーさんも含めてな。話しに来てん」
「何の?」
 挑戦的に――だが、慎重に切り出したウェイの言葉を、彼はふ、とため息のような笑みで迎えうった。
「弟にな、聞いて、はっきりしたんやけど」
「………」
「『彼女の夢』、まだ終わってないんやって」
「何を言ってるの…?」
「終わらせなあかん」
 彼は、微笑んだまま続けた。
 彼女たちの誰何など、まるで耳に入ってないかのように。
「不死鳥は…彼女の呼びかけにこたえんかった。そんなの、ありえへんことや。『始まった』んや…今度こそ」
「………」
「おねーさんたち、おにーさんの目ぇが覚めたら、ちょっと付き合ってくれる?」
 大事な話があるんや、と彼は告げた。
 息をひそめたような静寂が、落ちた。
 女たちは、言葉を発することはなかった。
 仮に何か言ったとしても――少年には、届かない。
 手を伸ばせば届くはずの距離に立ちながら、『彼自身』はどこか遠いところをさまよっているようだった。
「終わりや…」
 彼は、そう呟いた。
 呟いて、寂しげに微笑んだ。
 まるで、彼以外の人間の全てが、死滅してしまった世界に、降り立ったかのように。

* * *
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