Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第五章 砂荒れる地の涙 
* * *
――???



 マリアが口にした言葉に、ティナは一瞬呼吸をするのを忘れていた。
「世界が、滅ぶ…?」
「そうです」
 見えない眼で、彼女は暗闇を見ているのだろうか。
 それとも、自らが予知した未来を視ているのだろうか。
 マリアは、空に語りかけるように囁いた。
 それは、不気味な静けさに満ちていた。
「世界は、滅びます。私は、確かにそれを視ました。全てが崩れ落ち、飲み込まれていく――。静かな波の音がした。そして、天と地と地の交わる場所に、全てを貫く塔が――」
「ま、待って! それは、いつ!? 果てのない――『未来』のことなんじゃないの!?」
「私が視るのは、漠然とした未来だけ。いつ、何時それが現実のものとなるかは分からない。けれど――少なくとも、私の魂が届く範囲の出来事であることは確かです」
「そんな…」
「私が視た未来は、女王に告げられました。女王は、その予言を聞いて、私を罷免しました。こんな、不吉な未来を視るのは、巫女である私が、水の神に嫌われているからだ。私を王城から追放すれば、すべて収まると…」
「………」
「水の涸れた大地に住む民にとって、水の巫女の予言は、絶対です。無用な混乱を招かないためにも、私の水の巫女の資質自体を問い、放免するしかなかった――」
「そんな…。あなたは、何も…!!」
「事実」
 マリアは、悲しげに微笑んだ。
「私が、水の巫女を退いた前後から――いえ、その夢の兆候が現れはじめる頃から――雨が、徐々に――かすかに――減り始めました。セレアが非力なせいではない――。おそらく、私の視た『夢』の兆候が、顕れはじめていたのでしょう。豊かな土地では顕れない変化も、自然の厳しい土地ならよく分かる」
「そ…そんな…」
「ただ、母にとって不幸だったことは、彼女にとって予言の『世界』は、この砂の大地、『シェーレン国』だった、ということです。漠然とした、『この世』というものでなく…。人にとっては、眼に映る範囲の物事が、自らの『世界』――。母も、そのように捕らえました。そう、母は『世界が滅ぶ』という予言を、『シェーレンが滅ぶ』と解してしまった。そして、『予言』の示すとおり、牙を剥き始めた自然に対抗するためにも、自然に頼らない――禁じられた手段へと手を出してしまった…」
 線の細い髪が、さらさらと音もなくなびいていた。
 マリアは、微笑んでいた。
 夢物語をせがまれた母親が、子供に対してそっと浮かべる優しい笑みを湛えて。
「愚かなことですね…」
 そう、締めくくった。
「…っ」
 ティナは、唇を噛みしめた。
 まるで、他人事の――確かに、死者にとっては、他人事かも知れないが――まるで、絵空事のように紡ぐマリアの様子から、そのような未来が実際に起こるなどと信じきれなかった。
 しかし、何か――何か、胸のうちにわだかまる、ティナ自身の思いが、マリアの言葉を真実と叫んでいるようで。
「どうして…」
 必死に、彼女は言葉を搾り出した。
 マリアは微かに首を傾げた。
「どうして、あなたは、私をここに呼んだの? 七君主から助けてくれるため? それとも、今の話を聞かせるため?」
 出口のない問いが、内側からわきあがり、答えを求めてがんがんと扉を叩いている。
 苦しい葛藤から逃れたくて、答えがほしくて、ティナは必死にマリアを見た。
「あなたは…」
 マリアは、微かに不思議そうな表情(かお)をした。
 ティナのことを、どこか探るように紡いだ。
「あなたは、私と似たものではないのですか?」
「…っ」
「私は、あなたを七君主の黒い闇から救いました。それは、あなたのなかに、私を引き込む力が――同じ、いえそれ以上の強力な予知の力があったから。だから、私はあなたを助けることができたし、常人には理解しがたい――この国の闇の話、世界の行く末のことを、――お話しようと思ったのです…」
「私…は…」
 二年前から、ふっつりと途切れる、『自分』という存在。
 ティナは、助けを求めるように見つめたが、マリアは戸惑うような表情で、立ち尽くしたままだった。
 マリアは、世界の行く末を視ることのできれる、水の巫女だ。
 そのマリアと、自分が似たような存在――?
 強大な力、不死鳥のことと、関係があるのか…?
 そして――その不死鳥は、突如、自分の呼びかけに応えなかった。
 
――これからも私を忘れないでいてくれるなら、それで力を使ってもいいよ――。

 そう契約した、彼女の召喚獣は、黙して彼女に答えることをしなかった…――。
「分からない…」
 やがて、小さく彼女は呟いた。
「…」
 マリアの、いたわるような沈黙が、悲しい。
「分からない…」
 他人の発した声のように、耳に入ったその言葉は、他人が発した言葉のように、まるで生気がないものだった。

* * *
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