Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第五章 砂荒れる地の涙 
* * *
「じゃあ…なんなのよ、石板が『ここ』にあるって…そういう話か」
「あくまで、仮定の話だ」
「しかも、ティナが七君主と対決してるかもしれねーんだろ? 何で、緑の館にいるはずのあいつが、こんなとこに…!?」
「俺が知るかよ」
 とりあえず、時間がもったいないと急かすクルスに促されて、少年を先頭に小走りになりいきで駆け出した七人は、死に絶えた都中央王墓に入り、遺跡の中を進んでいた。
 五人を先に行かせ、しんがりを走るカイオスとアルフェリアは、他の人間達に聞かれないよう、小声で言葉を交わしていた。
「というか、お前、王女はどうした」
「…城、かな」
「お前な…」
 王女は任せろと断言しておいた手前、カイオス・レリュードの温度のない視線が大変に痛い。
 半ばそれから逃れるように、アルフェリアは普段あまり口にしない、言い訳めいた言葉に逃げていた。
「いや、目を離したことは悪かったって。けど、あの男が危害は加えないっていうからよ。――こんな甘いこと、普段は絶対やれねーけど、あいつ賊っぽくないというか、信頼できるというか…ヤツの仲間が見てくれてるなら、心配はいらねーかなっと思ってよ」
 口早の言葉の末に、意外にも視線が和らいだ。
 ゼルリア将軍の言い訳に、隣りの男が納得したはずもなかったが――。アルフェリアがちらりと視線を遣ると、カイオスは『あの男』と呼ばれた――賊の頭に視線を注いでいた。
 身なりから何となく大方の察しがつくが、状況にせかされて互いに自己紹介もしていない状況だった。しかし、男を見る青い視線は、何かしら確信めいた光を湛えている。
「確かに、彼が賊の頭だったとはな…。アベルに危害は加えないだろうが」
 分かるように監視していた理由が、やっと分かったと呟くカイオスに、アルフェリアは首をかしげた。
 まるで、あの男のことを知っているかのような口ぶりだ。
「何お前、知り合い? 放浪時代に世話になったとか?」
「違う。というより、お前、面識がないのか? ゼルリアの将軍の立場で?」
「…悪かったな。どーせ、五年前まで傭兵やってたよ」
「………」
 まあ、俺も直接話したことはないが、と言い置いて、
「三年前、ゼルリアと開戦する直前に、ミルガウスを追放された。もっとも気高い『犬』だ」
 遠まわしな言い方に、
「………まじ?」
 ゼルリアの将軍は、まじまじと前を走る逞しい背中を見た。
 数秒見て、カイオスの方を再び見る。
「…まじ?」
「ああ」
 ――数年前。
 ゼルリアへと攻め込むため、ドゥレヴァは大軍をもって、ゼルリアとミルガウスの緩衝地帯を進軍していた。
 何千もの、行進にたった一人立ちふさがり、進軍を思いとどまるよう、説得した男がいた。
 ドゥレヴァは、誇り高きその騎士に、止めてみたくば、裸で犬のマネでもして踊れとはき捨てた。
 己の誇りを捨てて、犬と化したその男は、その屈辱を報われるどころか、犬に官位は必要ないなと、身分を剥奪され、追放の憂き目に遭った――。
「オレ…その頃には、ゼルリアの将軍だったはずなんだけどなー。ぜんっぜん分からなかったわ、マジで」
「…」
「ところで、そっちは何で、きれーなおねーさんと、可憐なお嬢さんとおいしい道中堪能してんだよ」
「…言い方にもっと気を使え」
「わざとだよ」
「…話すと長くなる。一言で言うと、成り行きだ」
「へー。なるほど。ま、それいうとこっちも成り行き、なんだけどな」
「ただ」
「?」
「おかげで、気になることが増えた」
「…?」
 青い眼が、何気なく、そのやり場を変えた。
 そこには、相変わらず、邪魔な布をまとったまま、息も切らさずに走る、ローブの姿がある。
「副船長が、どうかしたのか?」
「いや…」
 それ以上は語らずカイオスは、口を閉ざした。
 石の通路は、ただ長々と続いていた。

* * *
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