――シェーレン国 死に絶えた都『中央王墓』
「そんな…ティナ――!!」
クルスの悲鳴が、石室に何重にも反響する。
黒い闇に捕らわれたティナは、意識がないのか、まったく反応しない。
「ティナ…! 今助けて…っ。!?」
思わず飛び出そうとした身体を、無情に止めたのは、ローブの副船長だ。
「何、するんだよ! 人でなし!! 早く…助けないと…!!」
「七君主相手に、策もなくつっこんでいって、どうする」
無感情な断定に、クルスは唇を噛んだ。
血の滲んだ歯の間から、嗚咽のような声が漏れた。
「けど…ティナが…! 早くしないと…死んじゃうかも…知れないのに…」
「………」
ローブも、言葉を止めた。
確かに、突っ込んでいくのは得策ではない。
だからと言って策はない。
しかし、このままでは、ティナは死の淵に近づいていくだろう――。
「随分と――」
涼やかな声が、割って入った。
靴音を響かせて、最前列に歩き出たカイオスは、横目でティナをちらりと見ると、少年の傍に佇む石板に――七君主に向き直った。
「回りくどいやり方をするんだな」
――………。
「その女、ずいぶんと前に、不死鳥の召喚には失敗したんだろう。その場で殺せばいいものを、わざわざ弄るような真似をして、随分と悪趣味だな」
――ふふ…七君主ってのは、悪趣味なもんだよ。
「その悪趣味に走って、殺すのをためらうような力じゃないだろう。その女の力は…」
――…。
「ひょっとして、殺さないんじゃなくて…『殺せない』んじゃないのか?」
――小ざかしいね…。
石板は、ふわふわと空を漂っている。
押し殺すような調子で、続けた。
――その、着眼点、分析力…。とても、憎たらしい…。人間の分際で…。さすがは、あの男の寵児か。もっと、ちゃんと――君を『壊して』おくべきだったね。
「………」
カイオスは、微かに目を細めた。
アルフェリアもクルスも、複雑な顔で佇んでいる。副船長は、相変わらず、表情が見えない。
他の人間達にいたっては、話から取り残されて、その場の異様なやりとりを傍観するしかなかった。
世界の頂点にたつミルガウスの左大臣である男と、世界の闇を統べる『七君主』という存在が、知った風に言葉を交わしているのを、信じられない思いで見守っていた。
――そうだよ。確かに、僕は君たちに直接手をかけることはできない。『なぜ』か、は教えてあげないけどね。まあ、そういうわけで…だから、その女も、君に殺させようとした。
「………」
――君が、僕の元を逃げ出したときも――そうだったよ。君ごときを殺すなんてね、いくらでも簡単にできた。それをしなかったのは――。その『制約』があったからだ。…君も、難儀だったね。僕が、捨て置いていいと思える程度の存在だったなら――。あんなに、苦しまなくて、よかったのに。
「そんなことを、突然話し出すということは――、今までは、ダグラスへの憑依が制約になっていたようだな」
――そうだね。こんなことを話せるのは、君が僕をダグラスから切り離してくれたおかげでね…。まあまだ、『本質』のところは話せはしないんだけどね…。
石の欠片はくつくつと笑った。
一方、佇むカイオスは、特に表情も浮かべず、平静な調子を保っていた。
しばらく、沈黙の時が訪れた。
それは、次に訪れる瞬間を、少しでも先に延ばそうとするような、はかない抵抗にも見えた。
「――で、何が望みなんだ」
――分かってるくせに。
「………」
――君にこの女を殺してほしいんだよ。何度も言ってるように、ね。もしもいやだ、と言ったら、何の罪もないこの少年の身体を――石板ごと爆発させて――君たちごと、遺跡をふっ飛ばす。
「また、回りくどいやり方だな」
――そうだね。ふふ…。その方が、いろいろな葛藤が見られて、楽しいからね。
「…決まっているだろう」
――何が?
「ここにいる全員と、そこの一人の女。しかも、頼みの綱の、不死鳥ももう使えない。前にも言ったはずだ。『強大な力に向かっていって、犬死するのはごめんだ』と」
――へえ…。賢明な、判断だねえ…。
「………」
何人かの、息を呑む音がした。
それを背後に、彼は懐から短剣を出した。
ちらりと、後ろを振り返る。
そこには、絞め殺しそうな顔をして立っている、クルスがいた。
「カイオス…本気…なの?」
「たとえば、両方救う方法があるとしたら…」
「…」
「オレだけじゃ、無理だな」
「………」
それだけ言って、視線を背けた青年は、それきりもう振り向かなかった。
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