――???
「分からない…」
生気のない自分の言葉を、ティナは人事のように聞いていた。
からからに渇いた砂漠の砂が、自分の傍をすり抜けていくような心地がした。
全てが風に、解けていくかのような。
「私…自分の、『未来』を視る力を…そんな、自由に操れてたわけじゃないし、それで、何かが変えられたわけじゃなかった」
ぽつりと、零す。
「アレントゥムは、滅んでしまった。妾将軍の悲しみを『視た』。ただ、私は夢の内容を辿っていくだけだった。けど…はじめて…堕天使の聖堂で視た未来を変えることができた…」
そして――。
「それから――『夢』を見なくなった。同じ――光景の繰り返し。何度も、何度も――私と彼が剣を打ち合わせる――何度も、彼が七君主に狙われそうになる、光景で――そこから先に進まなくなったの。そして、不死鳥まで、私を見放した」
傍にたたずむマリアは、この世の者ではない。
だから、余計に悲しかった。
仲間たちには――クルスでさえも――おそらく、言えなかったこと。
それを、始めて言える人。
「私は――『何者』か、…どうすればいいのか――分から、ない…」
うじうじと、考えるのは苦手だ。
立ち止まるくらいなら、とにかく身体を動かして前に進む。
そう思って、今までやってきた。
だが。
アレントゥムのことがあって。
七君主のことがあって。
石板のことがあって。
『夢』のことがあって。
――不死鳥のことがあって。
自分の力について、真剣に考えなければならないような時期に来ている気がして。
そして、マリアが見た夢が本当なら、それは世界の破滅にすら、つながりかねない可能性を秘めていて――。
それと関わるのに必要な、向き合うべき自分の力は、あまりに途方もなくて。
「………」
「あなたは、『未来』を変えてしまったのですね」
マリアのささやきを、ティナは耳の端でそっと受け止めていた。
「だから、『夢』が狂ってしまった。あなた自身の力を、あなた自身が操ることができきれていないから、なおさら――それに振り回されてしまうのだと思います」
「そうね。けど、その『自分』を見つけるのは、やっぱり、自分自身なんでしょうね…」
静かに紡いだマリアに応えたティナの言葉には、もう弱さはなかった。
俯いた顔を上げる。
苦笑した表情で、呟いた。
「まあ、悩むのは性に合わないし、――どーにかするしかないってことね」
「あなたは、強いのですね」
「そう?」
首を傾げて、ティナはマリアに向き直る。
「たぶん、悩みようもないことに悩むのは、バカらしいから、悩まないようにしてるだけなのよねー」
「そう、ですか」
「うん」
さって、とティナは伸びをして、マリアを見た。
「ありがとう。不死鳥が現れなくて、七君主に捕らわれて――多分、いま結構絶望的な状況なのよね。この国の闇のこととか、過去とか――あとはまあ、世界がちょっとヤバイ未来を迎えようとしてるってことも分かったし…。そろそろ、現実と向き合いに行かないと」
「………」
そうですか、とマリアは呟いた。
「どちらにしても、『ここ』に永遠にいることはできません。けれど、きっと――予想以上に、つらい状況に陥っていると思います」
「…そっか」
「負けないで、ください」
「ありがとう」
「母を――妹を、よろしくお願いします」
「………」
マリアが、何かの仕種をすると、空間が急速にほどけていくのが分かった。
存在が、一気に疎遠になっていく。
「ありがとう」
もう一度、ティナは言った。
彼女が引き寄せてくれなかったら――多分、こんな気持ちにはなれなかっただろう。
自分が離れているのか、彼女が離れているのか――遠のいていく姿の中で、声の届かないぎりぎりの距離。
最後まで微笑んだ唇が、ふっと動いた。
「『彼』に、伝言をお願いできますか…――?」
「………」
唇が、言葉を成す。
ティナは、目を見開いた。
そのまま、マリアの姿はさらに遠のき、やがて黒い一点の粒となり景色に同化して――
(闇が――)
漠然と、ティナは思った。
息苦しい――
水の中に、突然放り込まれてしまった。
(誰か…)
必死に、水面を目指して、手足をばたつかせる――そんな感覚を覚えた。
実際には、指の一本すら、動かすことはできなかった。
指どころか――呼吸すら、満足にすることもできない。
(私…)
これが、『捕らわれている』ということなのか。
向き合うべき現実に、ティナは歯噛みした。
七君主と――自分の、失った力とに。
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