ぱっと散った赤い血が、しぶきを上げて飛び散った。
黒い波動に身を捕らえられたティナに、身を添わせるように、接近し刃をかざしたカイオスは、ためらいを微塵も感じさせず、それを突き立て、引き抜いた。
身を放し、一呼吸置いたカイオスの手が、鮮血で真っ赤に染まっている。
彼の影に隠れていたティナの肢体が露わになった。その胸部は赤い華に彩られ、やがて黒い魔力の支えを失ったその身体は、力なく崩れ落ちた。
それを、地に触れる前に、抱きとめた彼の行動は、せめてもの優しさだったのか――。
「い、いやぁあああ!!」
セレアが、悲鳴を上げる。
それすらかき消すように、七君主が哄笑した。
――はは…。あはははは!! あはははははははは!!
少年がまとっていた魔力が薄れいく。
そこから矢のように次々と放たれていた波動が、微かに収まる。
「――そ、そんな」
呆然とした自身の言葉を、アルフェリアは絶望の中で聞いた。
だが、視界の隅で小柄な影が走っていくのを、はっとした思いで見つめる。
クルスだ。
同時に、何かに気付いたように、ローブも走り出した。
ティナを地に横たえたカイオスが、鋭く叫ぶ。
「いまだ。石版を切り離せ!」
――何!?
七君主の声が焦燥を帯びた。
少年の身体が、再び魔力を増し始める。
副船長の、中性的な声が響いた。
「――空駆ける天の楽園に、舞い降りし風の一欠けら。邪悪なる波動を、聖なる導きにて空に返せ」
立ち上がった風が、一瞬で邪気をなぎ払った。
「ゴスペル!」
ぱりん、と鏡が割れるような音がした。
まとっていた魔力が消え、少年は丸腰の状態になる。
そこに、クルスが駆け込んだ。
「――石板を、切り離せば…!!」
――くそ! させない!!
数多の魔物が召喚され、その行く手を阻む。
だが、アルフェリアと、賊の男の剣が、クルスの道を切り開いた。
「行け!」
「頼む、弟を…!!」
「任せて」
少年に肉薄したクルスは、その手をつかんで石板に触れた。
じゅわ、と肉が焼けるような臭いがして、その手に激痛が走った。
「うわ…!」
――残念だね。それは、圧縮した魔力をまとわせている。お前ごときが触れられるようなものじゃない。
「………」
クルスは、すっと目を細めた。
後ろで戦っている他の仲間に聞こえないように、そっと七君主に告げた。
「残念なのは、お前の方だ。今まで『僕』に、気付かなかったなんて」
――!? まさか…
「この程度の魔力、なんでもないよ。彼女は、僕が守る。お前に――殺させはしないよ」
ぐっと力を入れて、一気に引き剥がした。
少年の身体がぐらりと傾いで、前めのりに倒れていく。
それが、途中で自分の意思を思い出したかのように、瞬きして頭を一つ振った。
「あっれー? オレ、街できれーなおねーさんから、お財布ゲットしてたはずだったんだけどなー。ここどこ?」
石板を取ったクルスは、にゃははっと笑った。
振り返って、それを高く掲げた。
「取ったよ! みんな!! 後は――」
ふに落ちない顔をしている少年の手を取って、石板から距離を取る。
クルスの前には、副船長と賊の頭が。
セレアは、ヴェールの女と共に、離れた場所で防御に集中している。
ぐったりとしたティナと、カイオスの前には、アルフェリアが立った。
「七君主から、逃げるだけだね」
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