――ちっ…。僕としたことが…。だまされたね…!! 本当に小ざかしい!! 人間風情が!!
石板のまとう魔力が増した。
それは、周囲の空気を巻き込んで、悲鳴のような音を生じながら、空高く渦巻いていく。
さりげなく距離を取りながら、アルフェリアは背後のカイオスに問いかけた。
「お前さー。最初から、『そう』するつもりだったのか?」
「…さあな」
「それにしても、平然としすぎだろーよ。一瞬、本気で殺ったかと思ったぞ」
「…」
赤い血にまみれたティナの胸部は、弱々しいながらも、確実に動いている。
一方で、短剣を放したカイオスの左手から滴る血は、その流れを止めようとしなかった。
ティナを貫いたように見えた刃は、実際には、カイオス自身につきたてられたものだった――ティナは、その返り血を、浴びたに過ぎない。
ただ、その角度と位置取りから、あたかも『殺した』ように見えただけで――。
そして、そこに緩みが生じた一瞬に、少年を石板と切り離すことができた。
「早く、ここを切り抜けて、治療しねえとなあ…。ティナも――あんたも」
「俺より、この女の方が、重症だ。早く処置しないとやばいかもな」
「そーかい。まあ、問題は、ここをどうやって凌ぐか…だよなあ。いい作戦ねえのかよ」
「…あったら俺が聞きたい」
「…そーかい」
苦笑したアルフェリアは、周囲を見渡した。
魔法を使える人間は、クルス、副船長。
何とか戦力に数えていいのは、自分と賊の男。負傷したカイオスは、この際戦力外としたほうがいい。
一方で、まったく戦えないのは、ティナとセレアという娘。
ヴェールの女と、正気に戻った賊の少年の戦闘能力も、あてにしすぎない方がいいか。
(どうするかね…)
戦場で指揮官に問われるのは、『勝ち方』だけではない。
無駄の無い『負け方』と――時に、『逃げ方』だ。
(副船長と、クルスにしんがりを頼むとして――戦力外が逃げ出す時間が、稼げるか…だよな)
相手は、七君主――。
その隙を、どう作るか。
言葉のない場の空気が、緊張という糸で、締め付けられていく。
高まっていく圧力の中で、一呼吸一鼓動すら、間遠になっていくかのような感覚だった。
動いたのは、七君主が先だったのか、人間達が先だったのか――。
――!!!!
魔力が暴発し、戦闘の火蓋が切って落とされる――正に、その瞬間だった。
「情けないですねぇ。マモン。七君主ともあろう者が――」
場違いな、少女の声が響き渡った。
『!?』
場を支配していた糸がふっと断ち切れ、いっせいに視線がそちらを伺う。
黒い髪がさらりと。
砂漠の空気の中に流れた。
部屋の入り口から現れた少女は、あどけないその顔を、花がほころぶようににっこりと微笑んだ。
「アベ――」
思わず呟いた、幾人かの声に重なるように。
「危ねぇ!!」
悲鳴のような警告が、血を吐くような勢いで放たれた。
その瞬間だった。
―― 一陣の風が吹いた後に、立つものはいなかった。
ただ一人、少女は晴れやかに微笑んでいた。
「やっと、『見つけた』。――だから、死んでください。『フェイお兄さま』」
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