ミルガウスの鏡の神殿――。
そこは、幼い兄弟たちの、秘密の遊び場だった。
人気のない、自然に囲まれた一角で、いつも走り回って遊んでいた。
そう――。その日、鏡の神殿の封印された扉は、なぜか開いていた。
そこに入っていった、兄スヴェルと姉ソフィア――。
遅れてきたフェイは、扉の中を覗こうとしたアベルを、突き飛ばして、直後吹き上げた炎に飲まれてしまった。
――お兄様たちを…。助けたかった…。
だから。
『――助けてあげてもいいわよ。』
だから――。
『助けてあげてもいいわよ。あなたの、大事な兄弟たちを』
だから…。何を犠牲にしたとしても。
『じゃあ…』
助けて欲しかった。
大好きだった兄と、大好きだった姉。
あんなに熱い火に焼かれたら、きっとすぐに死んでしまう。
だから―― 一刻も、早く…!!
『じゃあ、あなたを頂戴…。『あなた自身』を』
――たとえ、自分の心が、損なわれてしまったとしても。
■
結局、兄と姉は、助からなかった。
そして、ただひとり生き残った『フェイおにいさま』も、石板が砕け散った原因とされて、追い詰められた挙句、崖から転落してしまった――。
大好きだった、お兄さま。
自分があのときのことを思い出せていたら、彼は――死なずに済んだはずだ。
彼女は、その後自分の名を捨てた。
『アベル』と――。
兄に殺された、天使の名前を名乗るようになった。
罪なる己の存在。
(助け…られなかった…)
一番、大好きだった、お兄さまを…。
■
「お兄さま…」
アベルは、暗い闇の中で呟いた。
捕らわれた籠の中で、過去を想ってしくしくと泣いた。
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