Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
  第七章 ミルガウスの闇 
* * *

 ミルガウスの鏡の神殿――。
 そこは、幼い兄弟たちの、秘密の遊び場だった。
 人気のない、自然に囲まれた一角で、いつも走り回って遊んでいた。
 そう――。その日、鏡の神殿の封印された扉は、なぜか開いていた。
 そこに入っていった、兄スヴェルと姉ソフィア――。
 遅れてきたフェイは、扉の中を覗こうとしたアベルを、突き飛ばして、直後吹き上げた炎に飲まれてしまった。

――お兄様たちを…。助けたかった…。

 だから。

『――助けてあげてもいいわよ。』

 だから――。

『助けてあげてもいいわよ。あなたの、大事な兄弟たちを』

 だから…。何を犠牲にしたとしても。

『じゃあ…』

 助けて欲しかった。
 大好きだった兄と、大好きだった姉。
 あんなに熱い火に焼かれたら、きっとすぐに死んでしまう。
 だから―― 一刻も、早く…!!

『じゃあ、あなたを頂戴…。『あなた自身』を』

 ――たとえ、自分の心が、損なわれてしまったとしても。


 結局、兄と姉は、助からなかった。
 そして、ただひとり生き残った『フェイおにいさま』も、石板が砕け散った原因とされて、追い詰められた挙句、崖から転落してしまった――。
 大好きだった、お兄さま。
 自分があのときのことを思い出せていたら、彼は――死なずに済んだはずだ。
 彼女は、その後自分の名を捨てた。
 『アベル』と――。
 兄に殺された、天使の名前を名乗るようになった。
 罪なる己の存在。

(助け…られなかった…)

 一番、大好きだった、お兄さまを…。


「お兄さま…」
 アベルは、暗い闇の中で呟いた。
 捕らわれた籠の中で、過去を想ってしくしくと泣いた。

* * *
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
Base template by WEB MAGIC.   Copyright(c)2005-2015 奇術師の食卓 紫苑怜 All rights reserved.