――シェーレン国『死に絶えた都』
「な…」
ロイドは、瞬きすることを忘れて、その光景に見入ってしまった。
どうしてこんなことになったのだろう。
何度も、何度も。
繰り返し言葉だけが、何にも考えられない頭を、空しくすり抜けていく。
ティナも、カイオスも、アルフェリアも、クルスも、――そして『フェイ』も。
一瞬、瞬きの次の瞬間には、壁に叩きつけられて、傷だらけになって横たわっていた。
まるで、竜巻が通り過ぎた後のように。
「何で…こんな………」
ロイドが『ここ』にたどり着いたのは、全くの偶然だった。
混血児たちを引き連れて、戻ろうとしている最中のことだった。
遺跡の狭間に――アベルの影が見えたので、危ないなと思って跡をつけた。
そこで駆け寄って話し掛けることをしなかったのは――、なにかそうしてはいけない雰囲気を、アベルがまとっていたからのように見えた。
いくらかの逡巡の末、こっそり後を付けた末に、彼が直面したのは…――
「おい…みんな…っ!! だいじょうぶか…!!」
入り口に立ったアベルを背後から追い越して、足が勝手に動いていた。
ふらふらと、駆け寄っていく。
その背後から――
「あらあらー。ネズミが一匹ついてきてしまってたんですね。うっかりしてました」
「…?」
晴れやかな声に、ふと寒気を感じて振り返った。
その彼の視界一杯に放たれた黒い衝撃波が、迫り来ていた。
(しまっ…!?)
ロイドに、魔力の耐性はない。
(やべえ!!)
思わず身を硬くする。
腕で顔を庇うのが、唯一の抵抗だった。
運がよければ、眼一杯吹っ飛ばされて行動不能、運が悪ければ、魔力の直撃でそのまま死ぬ。
覚悟はしたが、しかしいつまで経っても衝撃は襲ってこない。
「…?」
恐る恐る目を開けた彼の前に、ローブが――正しくは、その残骸が、余韻の風に舞い散っていた。
「フェイ…」
「…なんで、ロイド…。こんなところに」
思わず呼んだ本名に、返ってきたのは普段の落ち着いた声だった。
とっさに彼の前に身を躍らせたのか、防御が間に合わなかったらしい。半身が焼けたように爛れている。
ローブの奥に隠れていた、混血児の姿態が、余すことなく露わにされていた。
他の人間たちが、立ち上がることさえできない中、それでも動けたのは混血児の回復能力のおかげか。
だが、その傷の深さにたまらず膝をついて、深く息をついた。
傷を負ったその端から、淡い光が零れ出て、癒していく。
故意に治癒能力を高めているのが、ロイドには分かった。
そしてそれが、彼の身体に――生命に、かなりの負担になることも。
「すまねえ…」
「下がってて。相手の強さが、桁違いだ」
「おい、まさか…アベルちゃんと、戦うのか!? あの子、お前の妹なんだろ…!?」
ロイドが思わず上げた悲痛な声を、副船長は――フェイは黙ってやり過ごした。
足を半分引きずるように、少女の前に立ちはだかった。
にっこりと笑んだ少女と、真っ向から向き合った。
アベルは、猫のように目を細める。
お辞儀をするような格好で、小首を傾げた。
「おにいさま! やっと会えましたね。わたしずっと探してたんですよー。あのひどい事件があった後も、おにいさまは、生きてる…。きっと、どこかで生きていらっしゃるって信じてました。あなたが、石板を砕け散らせた犯人じゃないかと言われて、追い詰められてそのまま落ちてしまった崖に、毎日通っていたんです。あなたの無事を、信じながら…」
「『貴方』とは、初対面だと思います。いえ…。鏡の神殿で、一度だけお会いしたかも、知れないですね。『七君主』」
「あらー。覚えててくださったんですね」
くすくすと、少女は笑った。
「そうですね。一度だけちらりと、鏡の神殿でお会いしましたね。そのときはもう、あなたの『お姉さま』の身体に、入った後でしたけど。…けど、『今の』私は間違いなくあなたの『妹』ですよ。少なくとも、この『身体』は、ね。ずっと、あなたを探していました。憎たらしい混血児…。あの時の記憶を持つもの――」
ヴン、と魔力が立ち上がった。
吸い寄せるように、先ほどまでアルフェリアたちが対峙していた、七君主の宿る石板をその手に招く。
「本当は、大きすぎる闇は一つに集まれないんですけどね。石板に宿るしかないマモンの力はかなり削がれているし、私も所詮は『半身』に過ぎないもので。けど、足したら並みの七君主の力は下回りませんよー」
さて、大事な大事なおにいさま。
少女は、お行儀よく、礼をしてみせた。
底光りする瞳の奥に、残虐な本性がちらりと覗いていた。
「あなたは、私にとって邪魔な存在なんです。時の王国を継ぎし者よ…。愛しい妹(わたし)の手で――せいぜい苦しんで…消えてくださいね?」
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